はじめに:若手薬剤師が陥る「ケトアシドーシスの思い込み」
「先輩、この患者さん、血糖値が150くらいしかないのにケトアシドーシスで救急搬送されたらしいです…なんでですか!?」
薬局で働いていると、若手薬剤師からこんな驚きの声を聞くことがあります。
薬学部で習った知識や、教科書的なイメージだと、「ケトアシドーシス = 血糖値が異常に高い(300mg/dL以上など)状態で起きるもの」という思い込みがどうしても先行してしまいますよね。
しかし、近年処方が爆発的に増えている「SGLT2阻害薬(フォシーガ、ジャディアンスなど)」を服用している患者さんでは、「血糖値は思ったほど高くないのに、重篤なケトアシドーシスに陥る」という非常に恐ろしいバグ状態が発生することがあります。
これが、現在医療現場で非常に警戒されている「正常血糖ケトアシドーシス(euDKA:euglycemic diabetic ketoacidosis)」です。
この記事では、なぜSGLT2阻害薬でそんな矛盾した現象が起きるのか?という「薬理の謎」を紐解きながら、現場の薬剤師が窓口で絶対に見逃してはいけない「euDKAの初期サイン」を徹底解説します。
※「正常血糖」といっても“完全に正常”とは限らず、目安として血糖が250mg/dL未満など「ケトアシドーシスにしては高くない」範囲でも起こり得ます。
1. 【基礎】糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)とは?原因は“高血糖”ではなく“インスリン不足”
euDKAの謎を解く前に、まずは基本の「ケトアシドーシス(DKA)」が体内でどのように起きるのかをサクッとおさらいしましょう。
若手が一番勘違いしやすいポイントですが、ケトアシドーシスの根本的な原因は「血中に糖が多すぎること」ではありません。「細胞が糖を使えないこと(=極端なインスリン不足)」がすべての始まりです。
- 細胞の飢餓状態: インスリンが足りないと、血中にどれだけ糖が溢れていても、細胞は糖を取り込むことができず「餓死寸前」になります。
- 非常電源のスイッチON(脂肪のβ酸化): 「ヤバい!エネルギーがない!」と勘違いした体は、非常用電源として蓄えていた「脂肪」を無理やり燃やしてエネルギーを作り始めます。
- ケトン体の発生: この脂肪を燃やした時に出る“燃えカス”が「ケトン体」です。
- 血液が酸性に(アシドーシス): ケトン体は強い酸性の物質です。これが血中に大量に溢れかえることで、血液が酸性に傾き、意識障害や致死的な状態(アシドーシス)に陥ります。
つまり、ケトアシドーシスとは「インスリン不足による、細胞の極端なエネルギー不足(飢餓)の末路」なのです。
ケトアシドーシスになると何が危険なの?(主な症状)
血液が酸性に傾く(pHが下がる)と、全身の臓器が正常に働かなくなり、放置すれば死に至る極めて危険な状態です。現場で患者さんから以下の症状を聞き取った場合は、一刻も早い救急受診が必要になります。
初期症状(見逃しやすいサイン):極度のだるさ(倦怠感)、異常な喉の渇き、吐き気・嘔吐、激しい腹痛
進行した時の危険な症状(赤信号):
・クスマウル大呼吸: 酸性になった血液を、二酸化炭素を吐き出して無理やり中和しようとするため、「ハァ、ハァ」と深く大きく荒い呼吸になります。
・アセトン臭(果実臭): 吐く息から、甘酸っぱいフルーツのような、あるいは除光液のような独特のニオイがします。
・意識障害: 呼びかけへの反応が鈍くなり、最終的には昏睡状態に陥ります。
2. 【整理】糖尿病薬で起こるアシドーシスの種類(DKA/euDKA/乳酸アシドーシス)
現場の薬剤師がパニックにならないために、ここで一度「糖尿病薬とアシドーシスの関係」を整理しておきましょう。
「血液が酸性になる(アシドーシス)」と聞いた時、薬剤師は瞬時に以下の3つのパターンを思い浮かべる必要があります。
① インスリン製剤(※自己中断した場合)
⇨ 【典型的なケトアシドーシス(高血糖+高ケトン体)】
最も多く、最も危険なパターンです。1型糖尿病の患者さんが注射を打ち忘れたり、シックデイで「ご飯を食べてないから」と勝手に基礎インスリンを中止したりすると、体内のインスリンが完全に枯渇します。結果、「血糖値が異常に高いのに、細胞は飢餓状態でケトン体を大量生産する」という典型的なDKAを引き起こします。
② SGLT2阻害薬(フォシーガ・ジャディアンス等)
⇨ 【正常血糖ケトアシドーシス(正常血糖〜中等度上昇+高ケトン体)】
今回のメインテーマです。インスリンはある程度分泌されているのに、薬の力で糖を尿から強制排出するため、「血糖値は思ったほど高くないのに、体は飢餓状態だと錯覚してケトン体を作る」というバグが起きます。血糖値で異常に気づけないため、発見が遅れやすいのが最大の特徴です。
③ メトホルミン(ビグアナイド薬)
⇨ 【乳酸アシドーシス(高乳酸)】
※ケトアシドーシスとは全くの別物です!
脱水や腎機能低下が原因で起こります。脂肪の燃えカス(ケトン体)ではなく、細胞が酸欠状態になり、糖の不完全燃焼によって生じた「乳酸」が溜まって血液が酸性になります。
④ SU薬・DPP-4阻害薬・GLP-1受容体作動薬など
⇨ これら自体が直接的にアシドーシスを引き起こすリスクは極めて低いです。むしろSU薬などはインスリンを無理やり出させるため、ケトン体の生成を抑える方向(飢餓を防ぐ方向)に働きます。
▼ 現場で使える!アシドーシスの原因早見表
| 原因となる薬・状態 | アシドーシスの種類 | 血糖値の状態 | 原因物質 |
| インスリン自己中断 | ケトアシドーシス(DKA) | 異常な高血糖 | ケトン体 |
| SGLT2阻害薬 | 正常血糖ケトアシドーシス(euDKA) | 正常〜中等度上昇 | ケトン体 |
| メトホルミン | 乳酸アシドーシス | 無関係 | 乳酸 |
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3. 【本題】なぜSGLT2阻害薬で「正常血糖」のままケトアシドーシスが起きるのか?
さて、ここからが本記事の最大のハイライトです。
第1章で「ケトアシドーシスはインスリン不足で起こる」と説明しました。
しかし、SGLT2阻害薬を飲んでいる患者さんは、インスリン注射を忘れたわけでもなく、膵臓からある程度自前のインスリンも出ています。それなのになぜ、細胞が飢餓状態になり、ケトン体が大量生産されてしまうのでしょうか?
その答えは、SGLT2阻害薬の「尿から強制的に糖を捨てる」という素晴らしいメリットそのものが引き起こす、体内のホルモンのバグにあります。以下の3ステップで解説します。
ステップ①:尿から糖をガンガン捨てる(見かけ上の血糖値は正常〜中等度上昇)
SGLT2阻害薬を飲むと、条件(血糖・腎機能など)で変動しますが、1日あたり数十g(目安:60〜80g程度)の糖が尿として排出されます。これにより血液中の糖は減るため、血糖値は正常から中等度上昇(250mg/dL未満など、ケトアシドーシスにしては「思ったほど高くない」状態)に保たれます。
ステップ②:体の中は「超・飢餓状態」(インスリン低下)
血中の糖が尿から捨てられ続けるため、全身の細胞に行き渡るはずだったエネルギー(糖)が不足します。
さらに、血糖値が上がらないため、膵臓は「あ、血糖値が高くないからインスリンを出さなくていいんだな」と勘違いし、インスリンの分泌を低下させてしまいます。
ステップ③:グルカゴン暴走 & 脂肪の異常燃焼(ケトン体大増産)
インスリンが減ると、今度は血糖値を上げようとする相反するホルモン「グルカゴン」が大量に分泌されます。
この「相対的なインスリン不足 + グルカゴン優位」という状態は、体にとって「ヤバい!飢え死にする!」という緊急事態のサインです。慌てた肝臓は、非常電源である「脂肪」を物凄い勢いで燃やし始めます。
【結論】
血糖値は薬の力で強制的に下げられているのに、体の中は「相対的インスリン不足+グルカゴン過剰」の極端な飢餓状態になり、脂肪の燃えカスであるケトン体が血中に溢れかえる。
これが、SGLT2阻害薬が引き起こす「正常血糖ケトアシドーシス(euDKA)」の薬理的な正体です。
血糖値が正常(あるいは軽度上昇)なため、医師も患者も「ただの胃腸炎かな?」と見逃しやすく、発見が遅れて重症化しやすいのが一番恐ろしいところです。
4. 【誘因】euDKAを起こしやすい状況3選(シックデイ/糖質制限/アルコール・手術)
薬理メカニズムが分かったところで、次は「実際の患者さんの生活で何が起きるとこのバグ(euDKA)が発動してしまうのか?」という現場の実態を見ていきましょう。規制当局からの注意喚起でも、以下の誘因が明示されています。
① シックデイ(発熱・嘔吐・下痢でご飯が食べられない時)
現場で最も多い引き金です。
発熱や急性疾患でただでさえ「食事摂取量」が低下しているのに、SGLT2阻害薬でわずかな糖と水分を尿から強制排出してしまうと、体はあっという間に「極限の飢餓 + 重度の脱水」に陥り、euDKAが爆発します。
あわせて読みたい:シックデイの電話対応カンペ
だからこそ、SGLT2阻害薬はシックデイ時に「絶対に休薬」しなければならない最重要薬なのです。いざ電話相談が来た時に慌てないための「休薬ルール早見表」はこちらの記事にまとめています。
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② 極端な「糖質制限ダイエット(ローカーボ)」
最近、患者さんの自己判断で非常に増えている危険なケースです。
「薬で尿から糖が出るなら、食事の糖質も極限まで減らせばもっと痩せるのでは?」と考え、主食を完全に抜くような激しい糖質制限を行うと、体内の糖が完全に枯渇し、薬の効果と相まって急激にケトン体が生成されます。SGLT2阻害薬服用中の過度な糖質制限は厳禁です。
③ 過度なアルコール摂取や手術前後
アルコールを大量に飲むと、肝臓はアルコールの分解にかかりきりになり、「新しく糖を作る作業(糖新生)」をストップさせてしまいます。そこへSGLT2阻害薬が効いていると、やはり深刻なエネルギー不足に陥り、euDKAの引き金になります。また、絶食を伴う手術前後の休薬も必須です。
5. 【初期症状】薬剤師が窓口で拾うeuDKAのサイン(腹痛・嘔吐・だるさ・クスマウル呼吸)
正常血糖ケトアシドーシス(euDKA)の一番の怖さは、「血糖値で異常を見抜けないこと」です。
だからこそ、薬剤師が窓口で患者さんの「主観的な症状」をどれだけ拾い上げられるかが、命を救う鍵になります。
SGLT2阻害薬を飲んでいる患者さんから、以下のようなキーワードが出た時は、要注意のサインです。
- 「最近、異常に喉が渇くし、どうしようもなく体がだるいんです」
- 「なんだかお腹が痛くて、ムカムカして吐き気がします…」
ここで、「ああ、胃腸炎が流行ってますからね。お大事に」と返してはいけません。
SGLT2阻害薬服用中の「激しい腹痛や嘔吐」は、ケトアシドーシスの初期症状である可能性が極めて高いからです。
さらに、患者さんがカウンターで「ハァ、ハァ…」と深くて荒い呼吸(クスマウル大呼吸)をしていたり、息からアセトン臭がしていたら、すでに血液がかなり酸性に傾いているレッドフラッグ(赤信号)です。
これらの症状に気づいた場合は、単なる胃腸炎と片付けず、直ちに受診を最優先で強く促してください。そのうえで、SGLT2阻害薬はeuDKAが疑われる状況では継続がリスクになり得るため、服用は中止して受診時に必ず申告するよう伝えてください。
(※自己判断での再開はしないように指導を)
医療機関で「血中・尿中ケトン体の測定」による評価を行ってもらうことが、euDKAの確定診断と命を救う鍵になります。薬剤師の独断で終わらせず、疑義照会や医師への速やかな情報提供(「強い腹痛や嘔吐があり、euDKAの疑いがあるため休薬を促し受診勧奨しました」など)を行うことが、プロフェッショナルな対応策です。
※可能なら、尿ケトンだけでなく血中ケトン(βヒドロキシ酪酸)でも評価してもらうと見逃しにくくなります。
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6. まとめ:SGLT2阻害薬は「魔法の薬」ではなく「諸刃の剣」—血糖が高くなくてもeuDKAを疑う
SGLT2阻害薬は、今や糖尿病だけでなく「心不全」や「慢性腎臓病(CKD)」の治療においても欠かせない、非常に素晴らしい予後改善効果を持った薬です。
しかしその裏で、体のエネルギー代謝の仕組みを根底から変えてしまう「諸刃の剣」でもあります。
私たち薬剤師は、「血糖値がそれほど高くないから安全だろう」という思い込みを捨てなければなりません。
薬理のメカニズムを深く理解し、窓口での「ちょっとした体調の変化(腹痛、だるさ、息遣い)」に耳を傾けることこそが、本当の意味でのプロフェッショナルなフォローアップです。
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今回解説した「euDKA(正常血糖ケトアシドーシス)」のように、現場には教科書通りにいかない、薬の知識だけでは防げない落とし穴がたくさん潜んでいます。
「じゃあ、次回SGLT2阻害薬を渡す時に、患者さんにどんな声かけをしておけばいいの?」「胃腸炎とケトアシドーシスを窓口でどう見分けるの?」と、実際の服薬指導やトリアージに悩む若手薬剤師には、こちらの書籍が圧倒的におすすめです。
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