はじめに:「意識がないのに、点鼻薬で本当に効くの?」
「低血糖で倒れた時に、家族が鼻に使うように先生から言われたんですけど…本人が吸い込めないのに、本当に効くんですか?」
糖尿病の患者さんのご家族から、こんな質問をされたことはありませんか?
処方箋には「バクスミー点鼻粉末剤3mg」の文字。
「え、点鼻薬って自分で吸い込んで使うものじゃ…?」 「意識がなかったら吸えないよね?」 「そもそも、いつものブドウ糖とどう使い分けるんだっけ…」
普段あまり見かけない救急薬だけに、とっさに答えられずドギマギしてしまう。
そもそも、バクスミーは本人が吸い込まなくても効くように作られた薬です。そしてこの薬の服薬指導でいちばん大切なのは、薬の説明そのものより、いざという時に使うのは患者さん本人よりも周りの人になることが多いという点を押さえることだと私は思っています。
この記事では、吸い込まなくても効く理由から、正しい使い方、使用後の救急対応、日本では追加投与しないという大事なルール、薬剤師が交付時に確認したいポイントまでまとめました!
この記事の結論
バクスミーは、自分で糖分を飲み込めない重症低血糖の時に、家族など周りの人が片方の鼻へ1回噴霧する救急薬です。鼻の粘膜から吸収されるので、本人が吸い込む必要はありません。 使ったらすぐ救急要請し、効かなくても追加投与はしません。意識がはっきりしている軽い低血糖は、これまでどおりブドウ糖で対応します。詳しくは本文で。
※本記事は薬剤師が添付文書・ガイドラインをもとに作成した情報提供を目的としたものです。治療の最終判断は必ず担当医・薬剤師にご相談ください。
\ 添付文書にはない「現場の知恵」 /
1. バクスミーとは|重症低血糖に備える「鼻から使うグルカゴン」
では、そもそもバクスミーはどんな薬なのでしょうか?
まずは基本情報から見ていきましょう。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 製品名 | バクスミー点鼻粉末剤3mg |
| 有効成分 | 1点鼻容器中グルカゴン3mg |
| 効能・効果 | 低血糖時の救急処置 |
| 用法・用量 | 通常、グルカゴンとして1回3mgを鼻腔内に投与 |
| 剤形 | 1回使い切りの点鼻粉末剤(内容物は白色の粉末) |
| 規制区分 | 劇薬、処方箋医薬品 |
| 貯法 | 室温保存 |
| 有効期間 | 24ヵ月(実際は容器・外箱に印字された使用期限を確認) |
| 薬価 | 8,235.6円(3mg1瓶) |
| 販売開始 | 2020年10月 |
中身は「グルカゴン」。血糖を下げるインスリンとはちょうど逆で、血糖を上げる方向に働くホルモンです。
実はグルカゴン自体は新しい薬ではなく、これまでも重症低血糖の救急処置にはグルカゴン注射が使われてきました。
ただ、この注射がなかなか大変で…。注射用水に溶かして、注射器で吸い上げて、注射する。目の前で家族が意識を失っている状況で、慌てずにこれをこなすのは、正直かなりハードルが高いですよね。
そこで登場したのがバクスミーです。黄色い容器から噴霧器を取り出して、片方の鼻に入れてボタンを押し切るだけ。針を使わず、1回分があらかじめセットされているので、「溶かす・吸う・打つ」の手間がまるごとなくなりました。
ここで押さえておきたいのは、バクスミーを使う場面は「患者さんが自分で対処できなくなった時」だということです。つまり、実際に鼻へ噴霧するのは、家族や周りの人になることが多い救急薬です。
普段薬局で渡す薬の多くは、患者さん本人が使う前提ですよね。でもバクスミーは、実際に使う人が、窓口で説明を聞いている本人とは限りません。ここが、ほかの薬との一番大きな違いです。
2. バクスミーはいつ使う|軽い低血糖との境界線
では、低血糖ならすぐにバクスミー…でいいのでしょうか?
答えはノーです。ここの線引きが、バクスミーの服薬指導でいちばん大事なところだと私は思っています。
日本糖尿病学会の資料では、低血糖症状があり、少なくとも血糖値が70mg/dL以下の場合に低血糖と診断して対応するとされています。口から取れる状態なら、まずはブドウ糖を中心とした糖質の摂取です。
一方で重症低血糖は、回復のために他者の援助を必要とする低血糖と定義されています。
ここ、注目してほしいところです。重症低血糖の定義に、血糖値の数字が入っていません。
つまり「重症かどうか」を分けるのは血糖値ではなく、本人が自分で安全に対処できる状態かどうかです。
| 患者さんの状態 | 基本となる対応 |
|---|---|
| 意識がはっきりしていて、自分で飲み込める | ブドウ糖10g、またはブドウ糖を含む飲料150〜200mLを摂取(砂糖なら倍量の20g)。約15分後も改善しなければ同量を再度摂取 |
| 受け答えが鈍い、異常行動がある、自分で対処できない | 周囲の援助が必要。バクスミーの使用と救急要請を検討 |
| 意識がはっきりしない、けいれん、昏睡、口から安全に飲み込めない | バクスミーを使用し、速やかに医療機関へ搬送。口から無理に飲ませない。バクスミーがない場合は、ブドウ糖や砂糖を水で溶かして口唇と歯肉の間に塗り付け、すぐに救急要請 |

そして、この表でいちばん強調したいのが最後の一行です。
意識がはっきりしない人に、無理にブドウ糖やジュースを飲ませない。
「低血糖なんだから、とにかく甘いものを口に入れればいい」と考えたくなりますよね。でも飲み込めない状態で口に入れると、誤嚥や窒息という別の命の危険が生まれます。
この「口から入れたいのに、入れられない空白」を埋めるのが、バクスミーの役割です。
なお、α-グルコシダーゼ阻害薬(アカルボース、ボグリボース、ミグリトール)を使っている患者さんが意識清明で経口対応できる場合は、砂糖ではなく必ずブドウ糖を選びます。α-GIには砂糖からブドウ糖への分解を遅らせる作用があるため、砂糖ではすぐに血糖が上がらないからです。

3. バクスミーが血糖を上げる仕組み|肝臓の「糖の倉庫」を開ける薬
ところで、鼻から入れたグルカゴンは、どうやって血糖を上げているのでしょうか?
ここは肝臓を「糖の倉庫」にたとえると、一気に分かりやすくなります。
私たちの肝臓には、余ったブドウ糖が「グリコーゲン」という形で蓄えられています。いわば、低血糖に備えた非常食です。
血糖値が大きく下がった時、グルカゴンは肝臓のグルカゴン受容体に結合して活性化し、倉庫のシャッターを開けます。すると、しまってあったグリコーゲンがブドウ糖へと分解され、血液中へ放出されます。
ざっくり言えば、これがバクスミーで血糖値を上げる仕組みです。

① ただし「倉庫が空」だと効きにくい
この仕組みが分かると、バクスミーの弱点も見えてきます。
グルカゴンは、何もないところからブドウ糖を作り出す魔法の薬ではありません。 承認申請資料でも、グルカゴンが血糖上昇作用を生じるためには肝臓に蓄えられたグリコーゲンが必要であると明記されています。在庫を放出させる薬なので、その在庫が乏しければ十分な効果を期待できません。
添付文書でも、グルカゴンの血糖上昇作用は主として肝グリコーゲンの分解によるため、次の状態では血糖上昇効果がほとんど期待できないとされています。
- 飢餓状態
- 副腎機能低下症
- 頻発する低血糖
- 一部の糖原病
- 肝硬変など
そして特に押さえておきたいのが、アルコール性低血糖の場合には、血糖上昇効果はみられないと書かれている点です。
他の病態が「ほとんど期待できない」なのに対して、ここだけ「みられない」という一段強い表現になっています。添付文書がわざわざ書き分けているところは、読み飛ばさないようにしましょう。
実際、習慣的な飲酒などで肝臓のグリコーゲンが枯渇すると、体は糖新生に頼るようになることが知られています。倉庫そのものが空っぽなら、いくらシャッターを開けても出てくるものがない、というわけです。
だからこそ、効果判定を自宅だけで完結させてはいけません。噴霧したら、効いても効かなくても医療機関へ。
💊 もう一段深く理解したい方へ
ここまで、グルカゴンが効く仕組みから、効かない場面まで見てきました。「なぜ効くのか」が分かると、添付文書の注意書きも丸暗記しなくて済むようになります。この考え方をほかの薬でも身につけたい方には、私が個人的に好きな『処方がわかる医療薬理学』がおすすめです。
4. 意識がなくても効く理由|吸い込まなくても鼻粘膜から吸収される
さて、患者さんやご家族がいちばん不思議に思うのが、この点ではないでしょうか。
なぜ、意識がない人に点鼻して効くのでしょうか?
答えはシンプルで、バクスミーは「吸い込ませる薬」ではないからです。
喘息の吸入薬は、薬を肺まで届ける必要があります。だから患者さんに息を吸い込んでもらう動作が欠かせません。
一方でバクスミーは、鼻の中に噴霧されたグルカゴンが鼻腔粘膜から受動的に吸収されて作用します。届けたい場所が鼻の粘膜なので、肺まで運ぶ必要がありません。
承認申請資料でも、噴霧器の先端を鼻腔に挿入してピストンを押すと粉末が鼻腔に放出され、鼻腔粘膜からグルカゴンが受動的に吸収されること、そして投与後に吸入や深呼吸の必要がなく、重症低血糖で意識がない患者にも薬物を送達できることが、開発の根拠として明記されています。
つまり「意識がなくても使える」は、この薬が最初から狙っていた設計思想です。

窓口では、この違いをそのまま伝えると納得してもらいやすいと思います。
💡現場で使える!魔法の指導フレーズ
「喘息の吸入薬のように、ご本人に吸ってもらう必要はありません。鼻の粘膜から染み込んで吸収されるお薬なので、意識がない時でも、周りの方が片方の鼻に入れてボタンを押し切れば効きます」
① 風邪で鼻が詰まっていても使える?
ここで当然気になるのが、「鼻づまりの時はどうなの?」という点です。
添付文書には、感冒に伴う鼻閉や鼻汁がある人を対象とした外国試験が載っています。対象は感冒以外は健康な成人で、糖尿病患者ではありません。比べられたのは、次の3つの条件です。
- 鼻炎薬(オキシメタゾリン点鼻液)を併用した状態
- 併用しない状態
- 感冒から回復した後
結果として、どの条件でもバクスミーによる血漿中グルコース濃度の上昇に影響を及ぼしませんでした(外国人データ)。鼻が通っている回復後と比べても差がなかった、という点がこの試験のポイントです。
したがって、一般的な風邪の鼻づまりを理由に、救急時の使用を見送る必要はありません。
考えてみれば当然かもしれません。鼻水で多少湿っていても、粘膜そのものがなくなるわけではないですよね。
ただし、これは「どんな重い鼻の病気や外傷でも必ず同じ」という意味ではありません。個別に医師から指示を受けている場合は、その指示を優先するようにしましょう。
5. グルカゴン注射との違い|非劣性の証明と、介護者の成功率
「使いやすいのは分かったけど、注射より効きが落ちるなら意味がないのでは?」
ここも当然気になるところだと思います。
① 効果:注射に対する非劣性が検証されている
成人の1型・2型糖尿病患者72例(1型33例、2型39例)を対象とした国内第III相試験では、インスリンで低血糖を誘導したうえで、バクスミー3mgの点鼻とグルカゴン注射1mgの筋肉内投与を比較しています。
治療成功の定義は、他の血糖上昇処置を受けずに、投与後30分以内に血糖値が70mg/dL以上へ上昇、または最低値から20mg/dL以上上昇することでした。
| 項目 | バクスミー3mg点鼻 | グルカゴン注射1mg筋注 |
|---|---|---|
| 治療成功割合(有効性解析対象68例) | 100% | 100% |
| 治療成功までの平均時間 | 12.0分 | 11.0分 |
投与群間の差は0%(95%信頼区間:−1.5%〜1.5%)で、非劣性マージンとした10%を下回ったため、バクスミーのグルカゴン注射に対する非劣性が検証されました。
ここで「72例なのに68例?」と思われた方へ。有効性解析の対象は、試験を完了し、かつインスリン誘導による血糖の最低値が70mg/dL未満まで下がった68例(1型32例、2型36例)と定義されています。脱落というより、「十分に低血糖になった人だけで評価した」という解析上の線引きです。
血糖の上がり方も添付文書に記載があります。バクスミー投与後10分までに血糖値(中央値)は約70mg/dLに達し、最大血糖値(平均値)は140mg/dLを超える値まで上昇しました。
② 現場で比べると、差はむしろ逆転する
数字だけ見ると注射の方が1分速いのですが、ここに大事な注釈があります。
申請資料には、この「治療成功までの時間」はグルカゴンを投与してからの時間であり、注射剤の調製時間などの準備時間は含まれていないと明記されています。
つまり実際の現場では、注射の側に「溶かして、吸い上げて」という時間が丸ごと上乗せされます。申請資料も、実臨床下での救急処置においてこの数分の違いは臨床的に意味のある差にはならないと考察しています。
そして、ここからが個人的にいちばん驚いたデータです。
マネキンを使った模擬投与研究で、介護者が正しく投与できた割合が比較されています。
| 研究 | グルカゴン注射 | バクスミー |
|---|---|---|
| 外国(16例) | 12.5%(2例) | 93.8%(15例) |
| 国内(19例) | 26.3%(5例) | 89.5%(17例) |
ただし成功の基準は同じではありません。注射剤では「正しい手順で90%以上の量を投与できたこと」、バクスミーでは「正しい手順で鼻の中で注入ボタンを押し切れたこと」とされています。
所要時間も、国内研究では注射剤が平均3.46分だったのに対し、バクスミーは0.40分でした。
説明を受けたうえで、正しく注射できた家族が4人に1人。これがグルカゴン注射の現実だったわけです。1章で「ハードルが高い」と書きましたが、実際そのとおりのデータが出ています。
処方率・保有率も低いことが報告されています。
- グルカゴン注射を処方している医師は、糖尿病内分泌内科医で28%、小児科医で24%
- 1型糖尿病患者の注射剤保有率は15.9%、そのうち実際に使用したことがある人は6.0%
つまり「効くかどうか」以前に、備えられていない・使えないという壁があります。
バクスミーの本当の価値は、ここを超えたことにあると私は思っています。
③ ただし「12分待てばいい」ではない
数字が心強いぶん、前提も押さえておきましょう。
この試験は、医療管理下でインスリンを使って人工的に作られた低血糖に対する評価です。血糖60mg/dL未満まで下げた状態で投与し、すぐそばで医療者が見ている環境でのデータになります。
実生活で突然起きた意識障害は、そもそも原因が低血糖とは限りませんし、倉庫が空の状態かもしれません(3章のとおりです)。「必ず12分で回復する」と保証するデータではない、という読み方が大切だと思います。
だから現場での考え方はシンプルです。
効くまで待つのではなく、噴霧と救急要請を同時に進める。
12分という数字は、「待っていい時間」ではなく「救急車を待つ間に効き始めてくれる可能性がある時間」と捉えるのが、いちばん安全です。
🐰 ちょっと一息
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6. バクスミーの正しい使い方|3ステップ+使用後の対応
さて、いよいよ実際の使い方です。
バクスミーは、いざという時に説明書を最初から読む余裕がない薬です。しかも使うのは、多くの場合ご本人ではありません。
取扱説明書にも、必要になった時に備えてご家族が使用方法を事前に知っておく必要があること、そして保管場所と使用方法を家族に知らせておくことが明記されています。あわせて、処方を受けた際に操作確認用デモキットなどを使って説明を受けるよう案内されています。
つまりこの薬は、渡す時点で家族への説明までがセットになっているわけです。
なお、添付文書と取扱説明書では「噴霧器」、使用の手びきでは「点鼻容器」と表記されています。同じものを指しているので、ここでは「噴霧器」に統一します。
① ステップ1:使用直前に黄色い容器を開ける
- 赤色の部分を引っ張り、包装用フィルムをはがす
- 黄色い容器のふたを開け、噴霧器を取り出す
このとき、噴霧する準備ができるまで注入ボタンを押さないよう注意が必要です。
そして最も大切なのが、使用する直前まで包装用フィルムをはがさないこと。
バクスミーは防湿のために黄色の容器へ包装されており、添付文書でも投与直前に開封することとされています。使用前に黄色の容器を開けると、薬剤が湿気にさらされて正しく噴霧できなくなる可能性があります。
「中身を確認しておこう」という親切心が、いざという時に薬を使えなくしてしまうわけです。
② ステップ2:試し打ちをせず、片方の鼻に入れる
- 親指と人差し指、中指で噴霧器を持つ
- 人差し指または中指が鼻に当たるまで、噴霧器の先端を片方の鼻の穴へゆっくり差し込む
1回使い切りの薬なので、試し打ちはしません。 練習のつもりで押してしまうと、本番で使う薬がなくなります。
また、鼻にのみ使用することも明記されています。
③ ステップ3:緑色の線が見えなくなるまで押し切る
注入ボタンを最後まで押し切ります。押す際に抵抗を感じることがありますが、最後まで一気に押し込んでください。
緑色の線が見えなくなれば、噴霧完了です。
逆に、緑色の線が見えている状態では噴霧できていません。 その場合は、ステップ2(鼻への差し込み)からやり直し、噴霧後に緑色の線が見えなくなったことを確認します。
これは「2回目を追加する」という意味ではありません。最初の1回分を、最後まで正しく噴霧するための操作です。
④ 噴霧と救急搬送の手配は、同時に
バクスミーは、噴霧して終わりではありません。
教職員・保育士向けの手びきのフローでは、救急搬送の手配とバクスミーの噴霧完了が並んで置かれ、そこから医療機関の受診へとつながっています。患者さんとご家族向けの手びきでも、噴霧が終わったらすぐに医療機関に連絡し、医師の指示を仰ぐよう案内されています。取扱説明書でも、投与のあとは直ちに主治医と連絡をとり、医療機関を受診することとされています。
噴霧したあとにすることは、次のとおりです。
- 意識がない場合は、投与後に横向きに寝かせる
- 噴霧器を鼻から抜く
- 直ちに主治医と連絡をとり、医療機関を受診する
- 症状が改善しなくても、バクスミーや他のグルカゴンを追加投与しない
そして、救急搬送を待っている間の対応は、意識が戻ったかどうかで分かれます。
| 状態 | 対応 |
|---|---|
| 意識が戻らない場合 | 体と顔を横に向ける。医療機関を受診するまでの間、状態を観察する |
| 意識が戻った場合 | 上半身を起こして糖分をとらせる |
バクスミーの効果は一時的なので、意識が回復したら速やかに糖分を摂取してもらいます。
ただし、うまく飲み込めない状態で無理に糖分をとらせようとすると、喉に詰まらせて窒息するおそれがあります。「意識が戻ったように見える」かどうかではなく、飲み込める状態かを確かめてからにしてください。
なお、重症低血糖では意識を失っている場合も想定されることから、教職員・保育士向けの手びきでは、傷病者発生時の対応に準じて、迅速で的確な応急手当(一次救命処置)と緊急連絡・救急要請を行うことが重要だとされています。
⑤ 使用済み容器の扱いと、次への備え
意外と見落としがちなのが、使い終わったあとです。
添付文書と取扱説明書では、本剤は1回使用の製剤であり、使用後は容器と噴霧器を廃棄するとされています。
一方、学校・保育現場向けの手びきでは、使用後のバクスミーを受診する医療機関の医療従事者、または救急搬送を行う救急隊に渡すよう案内されています。こども家庭庁・文部科学省の事務連絡によると、受診先の医療従事者が、使用済みの容器をもとに投与状況を確認するためです。
また、患者さんとご家族向けの手びきでは、バクスミーを噴霧した場合に、低血糖がいつ・どこで・何をしている時に起きたか、低血糖が起きてから噴霧までの時間、とった処置とその後の状況を記録しておき、主治医と共有するよう案内されています。
そして忘れてはいけないのが、使用後の再処方です。取扱説明書にも、使用したあとは必要時に備えて速やかに再処方を受けるようにと書かれています。使い切った時点で、次の備えがゼロになっているわけですから。
💡 操作の詳細は、製品に添付されている取扱説明書と、製造販売元が公開している使い方の動画で必ず確認するようにしてください。
7. 日本ではバクスミーを追加投与しない|この記事で最も重要なポイント
ここは、私がこの記事で一番強く伝えたいポイントです。
日本の添付文書には、こう書かれています。
本剤の繰り返し投与によるグルコース濃度上昇作用の増大は認められていないため、本剤又は他のグルカゴン製剤の追加投与は行わないこと。
効かなかった時の正解は、もう1本ではありません。直ちにブドウ糖等を静脈内投与するなど、医療機関での処置です。
取扱説明書にも、学校・保育現場向けの手びきにも、同じことが書かれています。追加投与の効果は期待できないので、追加せずに医療機関で処置を受けるようにしてください。
① 「増大は認められていない」の中身
でも、「効かないのに何もしないの?」と不安になりますよね。
実は、6mg(3mg×2回)を試した試験がちゃんとあります。承認申請資料に載っている外国第I相試験(参考資料)で、成人の1型・2型糖尿病患者が対象です。
しかもこの試験、2回目の打ち方を3通りに分けて検討しています。
- 同じ鼻に15分あけて2回
- 左右の鼻に15分あけて各1回
- 左右の鼻に1分以内で各1回
クロスオーバー試験なので、同じ被験者が3mg単回とこれらを順番に経験しています(無作為化32例、完了25例)。
結果は、3mg単回と比べて、6mgによる血糖上昇に意味のある上乗せ効果なし。
「時間をあければ効くかも」「反対の鼻なら効くかも」は、すでに試されて否定されています。添付文書のそっけない一文の裏に、これだけの検討があったわけです。
② 海外の情報が混ざりやすい
バクスミーを検索すると、海外向けの情報が混在しやすい領域です。
たとえば米国の添付文書では、15分たっても反応がなければ、救急隊を待つ間に新しい容器からもう1回3mgを投与してよいとされています。日本とは正反対の取り扱いです。
日本で説明するなら、日本の添付文書と取扱説明書に従う。ここは動かしません。
覚え方はこれでOKです。
1回噴霧 → 追加しない → 救急搬送
③ 2本処方されている時こそ、目的を確認する
ときどき、バクスミーが複数本処方されていることがあります。
ここで「やっぱり2回使うんだ」と誤解されると危険です。考えられるのは、自宅・学校・職場など複数の場所に備えるためというケース。1回の低血糖で続けて使うためではありません。
ちなみに保険給付上の注意として、2瓶以上処方する場合は複数必要と判断した理由を診療報酬明細書の摘要欄に記載することとされています(令和2年8月25日付け保医発0825第1号)。レセプトに理由が書かれるくらい、複数本には理由があるという話です。それぞれの保管場所を家族で共有できているかまで、窓口で確認しておきましょう。
④ 回復後も、油断はできない
もうひとつ、添付文書に大事な注意があります。
本剤の投与で意識レベルが一時回復しても、低血糖の再発や遷延により、めまい・ふらつき・意識障害を起こすことがあるため、高所作業や自動車の運転など危険を伴う機械を操作する際には注意させること。
「治ったので、このまま仕事に戻ります」「車で帰ります」は、現実に起こります。
グルカゴンは肝臓の在庫を放出させただけで、根本の低血糖が解決したわけではありません(3章のとおりです)。
回復したように見えても受診は必要ですし、その日の運転や高所作業は避ける。追加投与をしないぶん、使ったあとの行動でカバーするという考え方です。
8. バクスミーの保管方法|「使う練習」と「本物の試し打ち」は別
バクスミーは冷蔵庫に入れる必要がなく、室温で保存できます。
これ、地味に見えて実は大きな違いです。
グルカゴン注射剤(グルカゴンGノボ注射用1mg)は、凍結を避け、冷所(15℃以下)に遮光して保存。患者さん向けの資料でも、冷蔵庫などの涼しいところ(1〜15℃)で保管するよう案内されています。承認申請資料では、注射剤のこの保存条件が、使用経験が少ない理由の一つと考察されています。
冷蔵庫に入れておく薬は、外に持ち出せません。学校にも職場にも旅行先にも置けない。いざ低血糖になった場所に薬がない、という事態が起きます。
バクスミーが室温保存になったことで、備えられる場所が一気に増えたわけです。
ただし、携帯しやすいぶん、保管の失敗も起こりやすくなります。
① 保管の5原則
- 包装用フィルムをはがさず、黄色い容器に入れたまま保存する
- 30℃以下の室温で保存する
- 直射日光の当たるところ、熱源の近く、自動車の中に置かない
- 子供の手の届かないところに保管する
- 容器・個装箱に表示されている使用期限を定期的に確認する
特に自動車の中は要注意です。「車に置いておけば、どこでも使える」と考えたくなりますが、夏場の車内は軽く40℃を超えます。携帯性と保管条件は、両立させないといけません。
② 使用期限をしっかりと確認する
添付文書上の有効期間は24ヵ月です。ちなみにグルカゴンGノボ注射用1mgの有効期間は3年なので、バクスミーのほうがむしろ短いです。室温で持ち歩ける代わりに、期限管理はこまめに必要になります。
確認すべきは「製品の有効期間」ではなく、容器と個装箱に印字された実際の期限です。
取扱説明書でも、使用期限が切れる前に再処方を受けるよう案内されています。学校へ預けている場合は、教職員・保育士向けの手びきのとおり、期限が切れる前にご家族へ知らせる流れまで作っておきたいですね。
③ 「一度開けて確認」が、薬を使えなくする
最後に、これだけは避けたい失敗の話です。
バクスミーは、本物で試し打ちをすることができません。 1回使い切りなので、押した時点で中身がなくなります。
同じように、「中身がどうなってるか見ておこう」と包装用フィルムをはがし、黄色の容器を開けるのもNGです。容器を開けると薬剤が湿気にさらされ、正しく噴霧できなくなる可能性があります。
本番に備えようとした行動が、本番で使えない状態を作ってしまう。ここは皮肉な話です。
では練習はどうするかというと、操作確認用のデモキットがあります。取扱説明書でも、処方を受けた際にデモキット等を用いた説明を受けるよう案内されていますし、製造販売元は使い方の動画も公開しています。
練習はデモキットと動画で、実物は本番まで開けない。この線引きを窓口で伝えられると、患者さんも迷いません。
9. 処方監査で確認したい禁忌・注意点・副作用|交付前の患者背景チェック
救急時に使う薬とはいえ、処方される段階では普通の薬と同じく監査が必要です。
では、バクスミーの交付前に何を見ればいいのでしょうか?
① 禁忌は2つ
添付文書の禁忌は、次の2つです。
- 褐色細胞腫またはパラガングリオーマの患者
- 本剤の成分に対し過敏症の既往歴のある患者
褐色細胞腫が禁忌になっている理由は、グルカゴンがカテコールアミンの遊離を刺激して、急激な血圧上昇を招くおそれがあるためです。
血糖を上げる薬なのに、注意すべきは血圧。ここはバクスミーを知らないと気づきにくいポイントです。
② 背景によって注意が必要な患者さん
| 患者背景 | 添付文書の記載 |
|---|---|
| インスリノーマ | 一度血糖が上がったあと、直接または間接的に過度なインスリン分泌を促し、低血糖を起こすおそれ。本剤投与後に低血糖症状があれば、ブドウ糖の経口投与または静脈内投与を行う |
| 妊婦・妊娠の可能性がある女性 | 治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与。グルカゴンはヒト胎盤を通過しないと報告されている |
| 授乳婦 | 治療上の有益性と母乳栄養の有益性を考慮し、授乳の継続または中止を検討。ヒト乳汁中へ移行するかどうかは不明だが、グルカゴンはペプチドで、未変化体のまま消化管から吸収されないため、乳児への影響が生じる可能性は低いと考えられている |
| 小児 | 小児を対象とした国内臨床試験、4歳未満を対象とした国内外臨床試験は実施していない |
③ 併用注意は、β遮断薬とワルファリン
| 薬剤 | 起こりうること | 機序 |
|---|---|---|
| β遮断薬(ビソプロロール、カルベジロール、アテノロールなど) | 脈拍数の一時的な増加、血圧の一時的な上昇 | β遮断薬の薬理作用が、グルカゴンのカテコールアミン分泌刺激に伴う症状の出方に影響する可能性 |
| ワルファリン | 抗凝血作用の増強 | 不明 |
どちらも、バクスミーを使えなくなる組み合わせではありません。
お薬手帳でこれらの薬が並んでいたら、バクスミーを使ったあとに受診する際、併用薬とあわせて使用したことが搬送先に伝わるようにしておきたいです。6章で触れたとおり、使用済みの容器は受診先で投与状況を確認するのに使われるので、ここでも役に立ちます。
④ 副作用:多いのは悪心・嘔吐・頭痛と、鼻の症状
国内第III相試験(成人71例)での副作用発現頻度は16.9%(12例)でした。
主な副作用は、鼻痛8.5%(6例)、悪心5.6%(4例)、血圧上昇5.6%(4例)、嘔吐2.8%(2例)、耳痛2.8%(2例)です。
一方、外国の小児試験(本剤3mgを投与した36例)では、副作用発現頻度は50.0%(18例)。嘔吐30.6%、頭痛22.2%、悪心16.7%、鼻部不快感8.3%と、成人の国内試験より高い数字が出ています。
添付文書の副作用一覧を頻度ごとにまとめると、次のとおりです。
| 頻度 | 副作用 |
|---|---|
| 10%以上 | 悪心、嘔吐、頭痛 |
| 1〜10%未満 | 流涙増加、眼そう痒症、収縮期血圧上昇、拡張期血圧上昇、上気道刺激症状(鼻部不快感、鼻閉、鼻痛、鼻漏など) |
| 1%未満 | 眼充血、心拍数増加、そう痒症 |
| 頻度不明 | 味覚異常 |
そして重大な副作用として、ショック・アナフィラキシー(いずれも頻度不明)が記載されています。
悪心・嘔吐はグルカゴン自体の作用で、注射剤でも以前から知られている副作用です。承認申請資料では、因果関係を問わない有害事象として集計した悪心・嘔吐の発現割合が、バクスミーのほうがグルカゴン注射剤より低かったとされています。
鼻の症状は、本剤そのものではなく点鼻という投与経路に特有のものと考えられています。申請資料によると、ほとんどが軽度から中等度で、1日以内に消失していました。鼻やそれ以外の症状の重さは投与後15分で最大となり、90〜120分後にはほぼ元の状態まで改善しています。
⑤ 過量投与時は、β遮断薬を避ける
1回使い切りの薬ですが、添付文書には過量投与の記載もあります。
過量に投与された場合、悪心、嘔吐、消化管運動抑制、血圧上昇、脈拍数増加、血清カリウム低下が起こる可能性があります。
急激な血圧上昇がみられた場合は適切な血圧降下処置を行いますが、β遮断薬の投与は避けることとされています。③の併用注意とセットで押さえておきたい記載です。
⑥ 家族が判断する項目ではない
ここまで並べると情報量が多いのですが、これらは家族が救急時に一から判断する項目ではありません。
禁忌や併用薬の確認は、処方と交付の段階で医師と薬剤師が済ませておくもの。実際の緊急時は、あらかじめ決めた使い方に沿って動けば十分です。
承認申請資料でも、低血糖の重篤性と治療の緊急性を考えると、本剤でみられた有害事象はベネフィットとリスクのバランスに影響するほど臨床的に重要なものではない、と結論づけられています。
だから窓口では、副作用の説明で不安をあおるより、「どんな時に使うか」と「使ったら救急要請」をセットで伝えることを優先するようにしてください。
10. 学校や保育園で教職員はバクスミーを使えるか|2024年の事務連絡と4つの条件
小児の1型糖尿病では、学校や保育園にいる時間に重症低血糖が起こることもあります。
その場にいるのは、家族ではなく先生です。では、先生がバクスミーを使ってもいいのでしょうか?
① 以前は、先生が使うことはできなかった
これまで学校などでは、医師法に違反するため、低血糖時に自分で投与できない本人に代わって教職員が使用することはできないことになっていました。
家族なら使える薬なのに、日中いちばん近くにいる先生は使えない。この状態が、2024年に変わります。
令和6年1月22日、こども家庭庁と文部科学省が厚生労働省医政局医事課に照会しました。教職員などが本人に代わってバクスミーを投与することは緊急やむを得ない措置であり、4つの条件を満たせば医師法違反にならないと解してよいか、という問い合わせです。
厚生労働省は同じ日に「貴見のとおり」と回答し(医政医発0122第3号)、その内容が1月25日の事務連絡で全国の学校や保育施設の担当部署に周知されました。
② 使えるための4つの条件
| 条件 | 主に関わる人 | |
|---|---|---|
| 1 | 児童と保護者が、事前に医師から書面で指示を受けていること。書面の中身は、学校などでやむを得ず使用する必要性が認められる児童であること、そして使用の際の留意事項 | 医師、児童・保護者 |
| 2 | 児童と保護者が、学校などに対して、やむを得ない場合に使用することを具体的に依頼していること(医師から受けた留意事項の書面を渡して説明しておくことなどを含む) | 児童・保護者 → 学校 |
| 3 | 担当の教職員が、使用が認められた児童本人であることを改めて確認し、留意事項の書面の記載事項を守って使用すること | 教職員 |
| 4 | 使用したあと、保護者または教職員が、児童を必ず医療機関で受診させること | 保護者、教職員 |
裏を返すと、「緊急時だから、その場にいた先生の判断で誰にでも使っていい」という話ではありません。
医師の書面、保護者からの依頼、本人確認、使用後の受診。この流れが事前に整っていて、はじめて先生が使える状態になります。
あわせて厚生労働省の回答では、一連の行為にあたっては児童のプライバシーの保護に十分配慮するよう求めています。
また事務連絡では、重症の低血糖発作では意識を失っている場合も想定されることから、傷病者発生時の対応に準じて、教職員が連携して一次救命処置や緊急連絡・救急要請などを行うことが重要だとしています。6章で触れた教職員・保育士向けの手びきの記載と同じ趣旨です。
③ 対象は「学校」だけではない
対象になる施設は、思っているより広いです。
学校、保育所、幼保連携型認定こども園、放課後児童健全育成事業(学童保育)、放課後子供教室、認可外保育施設、児童発達支援、放課後等デイサービスなど。
子どもが日中を過ごす場所の多くが含まれています。
④ 書面づくりを助けるテンプレートがある
条件1と2で必要になる「書面」は、当初は各自治体や医師がそれぞれ作って運用することになっていました。
ただ、一部の地域では書面の作成が遅れたり、教育委員会や学校との内容のすり合わせに苦労したりして、現場でうまく運用できていないという声が寄せられたそうです。
そこで、日本小児・思春期糖尿病学会、日本小児内分泌学会、日本糖尿病協会の3団体が共同で「学校等への提出テンプレート」を作成し、日本糖尿病協会のホームページで公開しています。
| 書式 | 特徴 |
|---|---|
| A(簡略版・A4 1枚) | 要点を簡潔に記載 |
| B(詳細版・A4 2枚) | 事務連絡に沿った、より丁寧な文面 |
| C(包括版・A4 1枚) | 病型を問わず、園や学校にお願いしたい内容をバクスミーの使用も含めて全般的に記載 |
申請不要・無料で使えます。ただし使用を強制・推奨するものではなく、すでに地域の書面で円滑に運用できている場合は、それを使い続けて問題ありません。
同じページには、厚生労働省・文部科学省からの依頼で作られた、学校などで使う際のマニュアルも掲載されています。
⑤ 薬局からできる一言
小児のバクスミーが処方されていたら、窓口でこう聞いてみてください。
💡現場で使える!魔法の指導フレーズ
「学校(保育園)にもバクスミーを置く予定はありますか? その場合、主治医の先生からの書面を学校と共有できているかも、確認しておいてくださいね」
7章で触れたとおり、複数本の処方は自宅と学校など別々の場所に備えるためというケースが考えられます。2本出ていたら、それぞれの置き場所を聞くきっかけにもなります。
学校側で共有しておく内容として、教職員・保育士向けの手びきには、保管場所、使用期限、主治医名と医療機関の連絡先を書き込める欄が用意されています。使用期限の欄は「○年○月より前に医師に相談をする」という形式です。同じページには、使用期限が切れる前に家族へ知らせるよう書かれています(8章)。
2026年4月には、アナフィラキシー時のアドレナリン点鼻液(ネフィー)と、てんかん発作時のジアゼパム点鼻液(スピジア)についても、同じく4つの条件を満たせば教職員などが使用しても医師法第17条に違反しないとする通知が、こども家庭庁と文部科学省から出されています。点鼻の救急薬を学校で使えるようにする流れは、バクスミーに続いてほかの薬にも広がっています。
11. 薬剤師の交付時チェックリスト|渡して終わりにしない
バクスミーの服薬指導で、いちばん難しいのはどこでしょうか?
薬の使い方そのものは、3ステップで終わります。難しいのは、本人が動けなくなった時に、代わりに使う人が迷わず動けるかです。
添付文書でも、患者と看護者(家族など)が対処できるように、投与法と保管方法を十分に指導すること、そして低血糖に関する注意も十分に徹底させることが求められています。
① メーカーが集めている「正しく使えなかった事例」
チェックリストに入る前に、ひとつ紹介したい資料があります。
患者さんとご家族向けの手びき(医薬品リスク管理計画の一環として作られた資材)の最後には、バクスミーを使用方法どおりに使えなかった場合の情報提供シートが付いています。メーカーは、正しく使用できず効果が得られなかった事例を積極的に集めているそうです。
その主な質問項目が、こちらです。
- 投与したのは誰か
- 投与した人は、事前に使い方の説明を受けていたか
- 包装用フィルムをどの時点で取り除いたか
- 黄色の容器をどの時点で開けたか
- 鼻に投与できたか(例として「誤って口に投与した」が挙げられている)
- 注入ボタンを押し切ったあと、緑色の線は見えなくなっていたか
ここに並んでいるのは、メーカーが「正しく使えなかった原因」として想定しているポイントと読めます。事前に説明を受けていなかった、先に開けてしまった、口に入れてしまった、押し切れていなかった。窓口で潰しておきたいのは、まさにこの部分です。
② 交付時に確認したい10項目
□ どのような低血糖の経験があり、今回処方されたのか
□ 意識がはっきりして飲み込める時は、まずブドウ糖で対応することを理解しているか
□ 口から糖分をとれない、自分で対処できない時がバクスミーの出番だと理解しているか
□ 実際に使う可能性がある家族・介助者も、使い方の説明を受けているか
□ 本人に吸い込ませる必要がないことを知っているか
□ 使う直前まで、包装用フィルムをはがさず黄色の容器も開けないことを知っているか
□ 口ではなく鼻の穴に入れ、試し打ちをせず、緑色の線が見えなくなるまで押し切ることを知っているか
□ 使ったら医療機関へ連絡・救急要請し、効かなくても追加投与しないことを理解しているか
□ 保管場所と使用期限(30℃以下、車の中に置かない)を家族で共有しているか
□ 使ったら状況を記録して主治医と共有し、使用後や期限前に再処方を相談することを知っているか
全部を一度に覚えてもらうのは難しいので、患者さんとご家族向けの手びきを一緒に見ながら、印をつけていく形が使いやすいと思います。手びきには、保管場所・使用期限・主治医の連絡先を書き込める欄もあります。
💡現場で使える!魔法の指導フレーズ
「これは普段の軽い低血糖に使う点鼻薬ではなく、ご本人が意識を失ったり、口から安全に糖分をとれなくなった時に、周りの方が使う救急薬です。本人が鼻から吸い込む必要はありません。使う直前までフィルムは開けずに、片方の鼻に入れて、緑の線が見えなくなるまでボタンを押し切ります。使ったらすぐに救急車を呼ぶか、主治医の医療機関に連絡して指示を受けてください。効かなくても2本目は使いません。意識が戻って、ちゃんと飲み込めるようになってから糖分をとらせてください」
③ 説明して終わりにしない
説明したあとは、こちらから聞き返してみてください。
説明した側が一方的に話して終わるのではなく、相手の言葉で言い返してもらう(ティーチバック)。救急薬は本番まで一度も使わない薬なので、ここで一度言葉にしてもらうだけでも違います。
取扱説明書でも、処方を受けた際に操作確認用デモキットなどを使って説明を受けるよう案内されています。デモキットは製造販売元が貸出を受け付けているので、取り寄せられるか確認してみてください。
④ 処方内容を確認したい場面
| こんな時 | 確認したいこと |
|---|---|
| 「効かなければ15分後にもう1本」のような説明がされている | 日本の添付文書では追加投与は行わない。米国の添付文書には15分後の追加投与が書かれているので、海外の情報が混ざっていないか(7章) |
| 褐色細胞腫・パラガングリオーマや、過敏症歴がある | 禁忌に該当しないか(9章) |
| 複数本処方されているが、保管場所が共有されていない | 自宅・学校・職場など、それぞれの置き場所(7章) |
| 小児で学校に置く予定なのに、医師の書面や学校との共有が整っていない | 4つの条件がそろっているか(10章) |
| 家族が使う薬なのに、本人しか説明を聞いていない | 実際に使う人への説明の機会をどう作るか |
最後の項目は、窓口だけでは解決しきれないこともあります。患者さんとご家族向けの手びきにも、患者さんが記入したあとに冊子を家族へ渡すよう書かれています。手びきを家族に渡してもらう、次回は家族と一緒に来てもらう。できることはいくつかあります。
バクスミーは、処方箋どおりに調剤できれば終わる薬ではありません。薬局での数分の確認が、実際の救急場面で「使えなかった」を防ぎます。

12. バクスミーのよくある質問(FAQ)|使い方・鼻づまり・保管・薬価
Q1. バクスミーの使い方を簡単に教えてください
A. 黄色の容器から噴霧器を取り出し、片方の鼻に入れて、緑色の線が見えなくなるまで注入ボタンを押し切ります。
使う直前に、赤色の部分を引っ張って包装用フィルムをはがし、黄色の容器のふたを開けて噴霧器を取り出します。親指と人差し指、中指で噴霧器を持ち、人差し指か中指が鼻に当たるまで先端を片方の鼻の穴に差し込んだら、最後まで一気に押し込みます。試し打ちはしません。詳しくは6章で解説しています。
Q2. バクスミーは意識がない人にも使えますか?
A. 使えます。本人が吸い込む必要はありません。
バクスミーは、鼻の中に噴霧されたグルカゴンが鼻の粘膜から受動的に吸収される薬です。承認申請資料でも、投与後に吸入や深呼吸の必要がなく、意識がない患者にも薬を届けられることが示されています。
Q3. バクスミーは両方の鼻に使う?片方だけ?
A. 片方の鼻の穴に、1回3mgを噴霧します。
1つの容器に1回分が入った、使い切りの薬です。左右に分けて使う薬ではありません。
Q4. 風邪で鼻づまりでもバクスミーは使えますか?
A. 一般的な風邪の鼻づまりや鼻水を理由に、使用を見送る必要はありません。
風邪で鼻づまりや鼻水がある成人(糖尿病患者ではない人)を対象にした外国試験では、鼻炎薬(オキシメタゾリン点鼻液)を使った場合も使わない場合も、風邪が治ったあとと同じように血糖が上がっていました。重い鼻の病気やけがなど個別の事情がある場合は、事前に主治医に確認してください。
Q5. バクスミーが1回で効かないとき、追加投与していいですか?
A. 日本では追加投与しません。
日本の添付文書では、症状が改善しなくても、バクスミーや他のグルカゴン製剤は追加せず、ブドウ糖の静脈内投与など医療機関での処置を受けることとされています。海外で行われた試験でも、3mgを2回(計6mg)使って、1回のときと比べて意味のある上乗せ効果はみられませんでした。米国の添付文書には15分後の追加投与が書かれていますが、日本の取り扱いとは異なります。
Q6. バクスミーは子どもも大人と同じ3mgですか?
A. 添付文書上の用量は年齢や体重で分かれておらず、1回3mgです。
外国の小児試験では、4歳以上17歳未満の1型糖尿病の子どもに3mgが使われています。ただし、小児を対象とした国内試験と、4歳未満を対象とした国内外の試験は行われていません。必ず処方医の指示に従ってください。
Q7. バクスミーは冷蔵庫で保管した方が長持ちしますか?
A. 冷蔵保存は必要ありません。室温で保存する薬です。
包装用フィルムをはがさず、黄色の容器に入れたまま、30℃以下で保管します。直射日光の当たるところ、熱源の近く、自動車の中、子どもの手の届くところは避けてください。
Q8. バクスミーは練習のために本物を一度押してもいいですか?
A. 本物での練習はできません。
1回使い切りなので、押した時点で中身がなくなります。包装用フィルムも使う直前まではがさず、黄色の容器も開けません。容器が開いていると、湿気で正しく噴霧できなくなるおそれがあるためです。練習には、操作確認用のデモキットや、製造販売元が公開している使い方の動画を使います。
Q9. バクスミーを使って意識が戻れば、受診しなくてもいいですか?
A. 意識が戻っても、医療機関の受診が必要です。
取扱説明書では、使ったら直ちに主治医と連絡をとり、医療機関を受診することとされています。添付文書にも、一度回復しても、低血糖の再発や遷延によって、めまい・ふらつき・意識障害を起こすことがあると書かれています。医療機関への連絡はすぐに行い、意識が戻って安全に飲み込めるようになったら糖分をとらせてください。その日の運転や高所作業を避けることも含めて、7章で解説しています。
Q10. バクスミーとグルカゴン注射の違いは何ですか?
A. 同じグルカゴンを使う薬ですが、使い方と保存方法が大きく違います。
バクスミーの有効成分は、人のグルカゴンや注射剤に使われているグルカゴンと同じアミノ酸配列を持つ合成グルカゴンです。グルカゴンGノボ注射用1mgなどの注射剤は、粉末を注射用水に溶かして注射する必要があり、冷所(15℃以下)で保存します。バクスミーは溶かす手間がなく、室温で保存できます。国内試験では注射剤に対する非劣性が確かめられています。介護者による模擬投与の研究では、正しく投与できた割合がバクスミーのほうが高くなりましたが、成功の基準は両者で異なります(5章)。
Q11. バクスミーはなぜ2本処方されることがありますか?
A. 日本では追加投与をしないので、1回の低血糖で2本使うためではありません。
自宅と学校など、別々の場所に置いておくためというケースが考えられます。2瓶以上処方する場合は、複数必要と判断した理由を診療報酬明細書の摘要欄に記載することとされているので、処方の意図は医師に確認できます。それぞれの保管場所と使用期限を、家族で共有しておきましょう。
Q12. 学校や保育園の先生もバクスミーを使えますか?
A. 4つの条件を満たせば、教職員などが本人に代わって使用できます。
2024年1月、こども家庭庁と文部科学省の照会に厚生労働省が「そのとおり」と回答し、医師の書面での指示、保護者から学校への具体的な依頼、教職員による本人確認と書面の遵守、使用後の受診の4条件を満たせば医師法違反にならないことが、事務連絡で示されました。学校のほか、保育所、認定こども園、放課後児童健全育成事業(学童保育)、放課後等デイサービスなども対象です。書面づくりには、3団体が作成したテンプレートも使えます(10章)。
Q13. バクスミーの副作用には何がありますか?
A. 主なものは、鼻の痛みや不快感、吐き気・嘔吐、頭痛です。
国内試験での副作用発現頻度は16.9%で、鼻痛8.5%がもっとも多く、次いで悪心と血圧上昇がそれぞれ5.6%でした。鼻の症状はほとんどが軽度から中等度で、1日以内に消えています。また頻度は不明ですが、重大な副作用としてショックやアナフィラキシーが記載されています(9章)。
13. まとめ|バクスミーは「家族まで使えて初めて完成する救急薬」
バクスミーは、重症低血糖の時に使う、1回使い切りのグルカゴン点鼻粉末剤です。
最後に、窓口で押さえたいポイントを振り返ります。
- 自分で糖分を飲み込めない、周りの助けが必要な低血糖の時に使う
- 鼻の粘膜から吸収されるので、意識がなくても吸い込む動作はいらない
- 片方の鼻に、1回3mgを噴霧する
- 使う直前まで開けず、試し打ちはせず、緑色の線が見えなくなるまで押し切る
- 使ったらすぐに医療機関へ連絡・救急要請し、意識がなければ横向きに寝かせる
- 日本では、効かなくてもバクスミーや他のグルカゴンを追加投与しない
- 意識が戻り、安全に飲み込めるようになってから糖分をとらせる
- 30℃以下の室温で保管し、保管場所と使用期限を家族で共有する
- 飢餓状態や肝硬変では効果がほとんど期待できず、アルコール性低血糖では効果がみられない
使い方は3ステップで終わります。
それでもこの薬の服薬指導が難しいのは、窓口で説明を聞いている人と、本番で使う人が違うことが多いからです。
本番で使うのは、家族や同居人、学校の先生かもしれません。その人が、意識のない患者さんを前にして迷わず動けるかどうか。そこまで想像して渡せるかが、この薬の指導の分かれ目です。
「薬を渡した」で終わらせず、「周りの人が使える状態を作った」まで確認する。
そこまで見届けられる薬剤師でいられると、いざという時のご家族の安心感が大きく変わる、私はそう思っています。

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参考文献
- バクスミー点鼻粉末剤3mg 添付文書(2024年12月改訂・第4版)
- バクスミー点鼻粉末剤3mg 取扱説明書/使用の手びき(患者さんとご家族向け、教職員・保育士向け)
- バクスミー点鼻粉末剤3mg 承認申請資料(CTD 2.5 臨床に関する概括評価)
- こども家庭庁・文部科学省 事務連絡「学校等における重症の低血糖発作時のグルカゴン点鼻粉末剤(バクスミー)投与について」(令和6年1月25日)
- 日本糖尿病学会 編・著『糖尿病治療ガイド』
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