「ステロイドはずっと塗り続けたくない」
「塗ると治るけど、やめるとまた悪化する……この繰り返しはいつまで続くの?」
投薬カウンターでアトピー性皮膚炎の患者さんとお話していると、こうした不安の声を毎日のように耳にします。
終わりが見えない痒み、本当に辛いですよね。
しかし、2026年現在。アトピー治療の世界はここ数年で劇的に進化しています。
「ステロイドだけで戦う時代」は終わりました。
今回は、現役薬剤師の視点から、「ステロイドとの正しい付き合い方」と、救世主として登場した「新しい塗り薬(コレクチム・モイゼルト)」の正体について、どこよりも分かりやすく解説します。
1. まず誤解を解きたい。「ステロイド」は敵ではない
多くの患者さんが抱く「ステロイド忌避(ステロイド恐怖症)」。
「皮膚が黒くなる」「体に蓄積する」といったネット上の噂が原因ですが、医学的に見て、正しく使えばこれほど頼りになる薬はありません。
ステロイドは「最強の消防士」
アトピーの痒みや赤みは、皮膚で「火事」が起きている状態です。
ボヤのうちに、最強の放水能力を持つ消防車(ステロイド)で一気に火を消し止める。これが治療の鉄則です。
【よくある失敗パターン:アンダーユース】
- 怖がってチビチビ薄く塗る
- ↓
- 火が完全に消えず、種火(炎症)が残る
- ↓
- すぐに再燃する
- ↓
- 結果として、長期間ダラダラとステロイドを使うことになる
副作用リスクが高まる一因として、「中途半端な使用」があげられます。
【重要】正しい塗る量=「1FTU」の法則
「適量ってどれくらい?」と聞かれたら、世界共通の目安「1FTU(フィンガーチップ・ユニット)」を思い出してください。
- 1FTUとは: 大人の人差し指の先端から、第一関節までチューブから絞り出した量。
- 塗れる範囲: 1FTUで、「大人の手のひら2枚分」の面積に塗れます。
もっと簡単な目安:
塗った直後にティッシュを一枚、患部に乗せてみてください。
「ティッシュがパラリと落ちずに、肌に張り付くくらい」が適量です。これより少ないと、薬の効果は半減してしまいます。ベタベタするくらいが正解です。
2. 「火」が消えた後の新常識。新薬へのリレー
「じゃあ、火が消えた後はどうするの?」
ここで登場するのが、近年の新薬たちです。
昔は「良くなったら保湿剤だけ」にするのが普通でしたが、それだとまた火事が起きてしまいます。
現代のガイドラインでは、「火が消えた後も、再発させないために『守りの薬』を塗り続ける」というプロアクティブ療法が推奨されています。
ここで主役になるのが、「ステロイドとは副作用の性質が異なり、長期管理に使いやすい薬」です。
3大「非ステロイド外用薬」の使い分け
現在、主役となるのは以下の3つの薬です。
「どれがいいの?」と聞かれますが、それぞれに得意分野があります。
※スマホの方は横にスクロールできます。
| 特徴 | プロトピック | コレクチム | モイゼルト |
|---|---|---|---|
| 分類 | タクロリムス | JAK阻害薬 | PDE4阻害薬 |
| メリット | 【ベテランの守護神】 歴史と実績No.1。 顔や首の赤みに強い。 | 【優しい新世代】 刺激感ほぼゼロ。 傷んだ肌にもOK。 | 【伸びの良さNo.1】 広範囲に塗りやすい。 ベタつきが少ない。 |
| 注意点 | 塗り始めに 「灼熱感(ヒリヒリ)」あり ※数日で慣れます | 1回の使用量に 上限あり(成人5g) | 最新薬のため 認知度がまだ低い |
「プロトピックはヒリヒリして続けられなかった」という方にとって、刺激のないコレクチムやモイゼルトの登場は革命的でした。
【薬剤師の豆知識】モイゼルトには「2つの強さ」がある
モイゼルト軟膏には1%(緑)と0.3%(黄色)の2規格があり、基本的には年齢で使い分けます。
- 1%製剤(緑): 2歳以上の小児および成人。
- 0.3%製剤(黄色): 生後3ヶ月〜2歳未満の乳幼児。
⚠ ただし「年齢だけ」で判断するのは危険です
皮膚科の専門医によっては、ガイドラインの年齢基準だけでなく、症状の重さや部位に応じて規格を使い分けることがあります。
- 例1:大人が0.3%(黄色)を使う
→ 症状が落ち着いてきた維持療法や、皮膚が薄い顔・首への塗布など、「あえて弱め」を選択しているケース。 - 例2:小児が1%(緑)を使う
→ 体格が良い、あるいは炎症が強く0.3%では抑えきれないと判断されたケース(※2歳以上であることは要確認)。
もちろん、単純な「処方入力ミス」の可能性もゼロではありません。
「あれ?年齢と規格が合わないな?」と思った時は、自己完結せず「症状に合わせての選択でしょうか?それとも規格間違いでしょうか?」と、しっかり疑義照会(確認)を行うのが、薬剤師の腕の見せ所です。
【薬剤師の視点】ここが違う!「1FTUの罠」
服薬指導で「人差し指の第一関節まで(1FTU)塗ってくださいね」と指導しますが、実はチューブの大きさや種類によって出る量が違うことをご存知ですか?
ここがプロの腕の見せ所です。
| 一般的なステロイド (5gチューブ) | コレクチム軟膏 (5g/10gチューブ) | モイゼルト軟膏 (10gチューブ) | |
|---|---|---|---|
| 1FTU定義 | 第一関節まで | 同左 | 同左 |
| グラム換算 | 約0.2g | 約0.5g | 約0.3-0.4g |
| 備考 | 口径が細い。 「2.5回出してやっと 手のひら2枚分」 | 特殊設計! 口径が太く、 5gでも0.5g出る | 公式数値。 標準より軽め。 気持ち多めに。 |
- 指導のポイント:
「コレクチムは太く出るので1回でいいですが、ステロイドの小さいチューブは細く出るので、見た目よりもたっぷり(2〜3回分)出さないと足りませんよ」と伝えると、患者さんのアンダーユース(塗り不足)を防げます。
3. 【深掘り】なぜ効くの? 細胞の中の「ブラック工場」
ここからは少しマニアックな話です。
薬剤師や薬学生、あるいは「もっと詳しく知りたい」という勉強熱心な患者さん向けに、コレクチムとモイゼルトの「作用機序(メカニズム)」を解説します。
アトピーの皮膚の中では、免疫細胞が「ブラック工場」化して、炎症物質を過剰生産しているとイメージしてください。
① コレクチム(JAK阻害薬):電話線を切断する
工場の外から「もっと炎症を作れ!」という命令(サイトカイン)の電話がジャンジャンかかってきています。
コレクチムは、この電話線を切断(ブロック)します。
命令が届かなくなった工場は、生産をストップして静かになります。これがJAK阻害薬です。
【薬剤師向け解説:JAK-STAT経路】
コレクチム(デルゴシチニブ)は、サイトカイン受容体の細胞内ドメインに会合しているJAK(ヤヌスキナーゼ)ファミリーを阻害します。これにより、下流の転写因子であるSTATのリン酸化・二量体化を阻止し、核内への移行を遮断します。
結果として、IL-4やIL-13、IL-31(痒み誘発)といったアトピー病態形成に関わる主要なサイトカインシグナルを「元栓」から遮断します。
ちなみに、この「JAK阻害」の仕組みを使った「飲む治療薬(オルミエント・リンヴォック・サイバインコ)」についても、別の記事で詳しく解説しています。

② モイゼルト(PDE4阻害薬):工場内に「休日」を与える
工場の中には、作業員をリラックスさせて休ませる「cAMP(サイクリックAMP)」という物質があります。
しかし、アトピーの工場には、このリラックス物質を片っ端から捨ててしまう鬼監督「PDE4」がいます。監督のせいで、工場はずっとブラック労働です。
モイゼルトは、この鬼監督(PDE4)を別室に閉じ込めます(阻害)。
すると工場内にリラックス物質(cAMP)が充満し、作業員が「あー、もう休もうぜ」となって炎症作りが止まります。これがPDE4阻害薬です。
【薬剤師向け解説:cAMP-PKA経路】
モイゼルト(ジファミラスト)は、炎症細胞内のPDE4(ホスホジエステラーゼ4)活性を阻害し、細胞内cAMP濃度を上昇させます。
上昇したcAMPはプロテインキナーゼA(PKA)を活性化し、炎症の親玉である転写因子NF-κBなどの働きを抑制します。これにより、炎症性サイトカインやケミカルメディエーターの産生が抑制されます。
「JAK阻害が外からのシグナル遮断」であるのに対し、「PDE4阻害は細胞内の炎症抑制機構(ブレーキ)の強化」と言えます。
【もし塗り薬だけで良くならない場合は?】
「毎日塗っているのに、どうしても痒みが止まらない…」 「全身に塗るのが大変で挫折しそう…」
そんな方には、体の内側から炎症を止める「注射薬(デュピクセントなど)」という選択肢もあります。塗り薬とは全く違う「火事の止め方」について、以下の記事で解説しています。

4. 全ての土台は「保湿」にあり
どんなに素晴らしい新薬を使っても、肌の「バリア機能」がスカスカでは、外からの刺激(花粉、汗、ダニ)ですぐに再燃してしまいます。
薬を塗る前の「土台作り(スキンケア)」こそが、治療の8割を決めると言っても過言ではありません。
「ヒルドイド」と「ワセリン」はどう違う?
処方箋でよく見るこの2つ、実は役割が全く違います。
① ヒルドイド系(ヘパリン類似物質): 「水を与える」
- 役割: 肌の奥(角層)に水分を引き寄せ、潤いをチャージします。
- メリット: 伸びが良く、保湿力が高い。
- 注意点: 血行促進作用があるため、赤みが強い部分や、掻きむしった傷口に塗ると沁みる(刺激になる)ことがあります。
- 「傷があるところは避けて、カサカサした乾燥部分に塗りましょう」
② ワセリン系(プロペトなど): 「蓋をする」
- 役割: 肌の上に油の膜を張り、水分の蒸発を防ぎます。水分を与える力はありません。
- メリット: 刺激が全くないので、ジュクジュクした傷口や目の周りにも使えます。
- 注意点: ベタつきます。
【最強の組み合わせ】
- お風呂上がりにヒルドイドで水分補給(傷は避ける)。
- その上からワセリンで蓋をする。
これが鉄壁の守りです。
【よくある質問】「保湿剤」と「ステロイド」どっちから塗る?
診察室で「保湿してから薬」と言われたり、逆に「薬を塗ってから保湿」と言われたり……医師によって指示が違って混乱したことはありませんか?
結論から言うと、どっちから塗っても効果はほとんど変わりません。
- 保湿が先派: 「広い範囲に保湿をして、その上から患部だけに薬を重ねる」方法。塗り広げやすく、一般的によく推奨されます。
- 薬が先派: 「患部に直接薬を届けて、その上から保湿で蓋をする」方法。
研究データでも、塗る順番による効果の差は「誤差の範囲」とされています。
一番もったいないのは、「順番がわからなくて塗るのが億劫になってしまう」ことです。
もし主治医から「絶対にこっちから!」という強い指定がなければ、「自分が習慣にしやすい順番(例:お風呂上がりに全身保湿 → 気になるところに薬)」で全く問題ありません。
細かい順番よりも、「毎日欠かさず塗り続けること」の方が100倍大切です。
薬剤師が選ぶ、市販のおすすめ保湿剤
もし忙しくて受診できない時は、以下の基準で市販薬を選んでください。 「どれでも同じ」ではありません。アトピー肌のために作られた、実績のあるものを選びましょう。
1. セラミドで「埋める」:キュレル(Curel) アトピー肌に圧倒的に足りないのは「セラミド」です。細胞の隙間を埋めるセメントの役割を果たします。
おすすめは、花王の「キュレル」シリーズです。 セラミド機能成分でバリアを補いつつ、抗炎症成分(アラントイン)が入っているので、赤みが出やすい肌の土台作りに最適です。
迷ったらこれです。ドラッグストアで手に入る保湿剤の中で、最もバランスが良く失敗が少ない「王道」です。ベタつかないので、ステロイドを塗る前の下地としても優秀です。
2. ヒルドイドが切れた時の「つなぎ」:ヒルマイルド 「忙しくて病院に行けないけど、手持ちのヒルドイドがなくなってしまった……」 そんな時の救世主が、健栄製薬の「ヒルマイルド」です。
処方薬のヒルドイドと同じ有効成分「ヘパリン類似物質」が配合されており、使用感も非常に近いです。
消毒用エタノールなどで薬局にはおなじみの「健栄製薬」が作っている点も信頼できます。「次の受診までのつなぎ」として、お守り代わりに一本持っておくと安心です。 ※血行が良くなるので、赤みの強い部分や傷口は避けてくださいね。
3. 純度の高いワセリンで「蓋をする」:サンホワイト 黄色いワセリンではなく、不純物を極限まで取り除いたものを選びましょう。
おすすめは、日興リカの「サンホワイト P-1」です。 実はこれ、病院で処方される「プロペト」よりもさらに精製度が高く、不純物が限界までカットされています。
「病院の薬でも痒くなる」「目の周りにも使いたい」という方のための最高品質ワセリンです。少し硬めのテクスチャーですが、保護力は最強。処方薬を超えた品質が市販薬として買えます。
まとめ:医師と相談して「相棒」を見つけよう
アトピー治療は、以下の「3ステップ」が現代のスタンダードです。
- ステロイドで、火事を一気に消す。
- コレクチム・モイゼルト(またはプロトピック)で、再発しないよう守る。
- 保湿剤で、強固なバリアを作る。
もし今、「ステロイドをやめたいけど、やめると悪化する」というループに陥っているなら、ぜひ主治医に「維持療法(プロアクティブ療法)として、新しい塗り薬があるときいた」と相談してみてください。
主治医はみんな皆さんの皮膚のことを大切に考えてくれるのでいいアドバイスがもらえると思います。
あなたに合った「相棒」が見つかれば、痒みに支配されない生活は必ず取り戻せます。


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