気分安定薬3剤の使い分けと重篤な副作用
「うつ症状がつらいので、抗うつ薬(SSRI)をください」
患者さんがそう訴えても、医師があえて「てんかんの薬(気分安定薬)」を選ぶことがあります。
それは、その患者さんが単なるうつ病ではなく、双極性障害(躁うつ病)である可能性が高いからです。
ここで抗うつ薬を安易に使ってしまうと、「躁転(そうてん)」といって、急激にハイテンションになり、散財や衝動的な行動、人間関係の破綻などを招く危険な状態に陥ることがあります。
今回は、双極性障害の治療の要である
リーマス・デパケン・ラミクタール
この3大気分安定薬について、「どの波に効くのか」「なぜその副作用が起きるのか」を、薬理の視点から整理します。
\ 添付文書にはない「現場の知恵」 /
1. まずは「波」を知る:どちらを抑えたいのか
双極性障害は、気分が
上(躁)と下(うつ)に大きく揺れ動く病気です。
薬によって、「上の波を抑えるのが得意」か「下の波を底上げするのが得意」かが明確に分かれます。
上の波(躁)を抑えたいとき
イライラ、怒りっぽさ、万能感、衝動性、散財
→ リーマス、デパケン
下の波(うつ)を底上げしたいとき
抑うつ、意欲低下、動けない、希死念慮
→ ラミクタール、リーマス
※双極性障害のうつに抗うつ薬(SSRIなど)を単独で使うと、躁転や気分の急激な不安定化を招くことがあるため、原則として気分安定薬が治療の軸になります。
2. 【メカニズム解説】脳内で何が起きている?
なぜ「てんかんの薬」が気分の波に効くのでしょうか。
実は、気分の波もてんかんも、脳内の電気信号の暴走という点では共通しています。
① デパケン・ラミクタール(イオンチャネル制御)
脳神経の興奮は、Na⁺などのイオンが細胞内に流れ込むことで起きます。
デパケン
GABA(脳のブレーキ役)を増やし、脳全体の興奮を鎮めます。
躁状態のイライラや攻撃性を抑えるのが得意です。
ラミクタール
Naチャネルをブロックし、グルタミン酸(アクセル役)の放出を抑制します。
特に「うつ」に関与する神経回路の過剰興奮を整えると考えられています。
② リーマス(細胞内情報伝達の保護)
詳細な機序は完全には解明されていませんが、「イノシトール枯渇説」などが有力です。
神経細胞を死滅から守る神経保護作用があり、これが独自の自殺予防効果につながっていると考えられています。
3. 【一目でわかる】3大気分安定薬 スペック比較
3剤の特徴と、特に注意すべきポイントを整理しました。
※スマホの方は横にスクロールできます。
| 項目 | リーマス | デパケン | ラミクタール |
|---|---|---|---|
| 成分 | 炭酸リチウム | バルプロ酸 | ラモトリギン |
| 得意な波 | 躁 & うつ (自殺予防効果あり) | 躁 (イライラ) 攻撃性が強い時 | うつ (予防) 落ち込みが強い時 |
| 致命的な副作用 (絶対注意!) | ⚠ リチウム中毒 (震え・意識障害) | ⚠ 肝機能障害 ⚠ 高アンモニア血症 | ⚠ 重篤な皮膚障害 (SJS / TEN) |
| よくある副作用 (初期症状) | 手の震え、喉の渇き 下痢 | 食欲増進(太る) 脱毛、眠気 | 発疹、めまい 複視(二重に見える) |
| 妊娠・授乳 | 原則禁忌 (心奇形リスク) | ⚠ 妊婦禁忌 (催奇形性が高い) | 有益性投与 (比較的使いやすい) |
| TDM (採血) | 必須 (治療域が狭い) | 必須 | 推奨 (任意) |
4. 各薬剤の詳細解説と指導のコツ
① リーマス(炭酸リチウム):TDMと「中毒のトリガー」
最も古くから使われている薬で、自殺予防効果が示されている唯一の気分安定薬です。
有効域と中毒域が非常に近いため、定期的なTDM(血中濃度測定)が必須です。
中毒の3大トリガー
リチウムは腎臓から排泄されます。以下の状況では排泄が滞り、血中濃度が急上昇します。
・脱水・発熱(夏場、感染症時)
・鎮痛薬(NSAIDs)の併用
・降圧薬(ARB/ACE阻害薬、利尿薬)の開始
指導のひとこと
「発熱や下痢、痛み止めを使うときは、必ず飲み合わせを確認してください」
② デパケン(バルプロ酸):万能だが妊娠には注意
GABA作用を強め、イライラや衝動性に即効性があります。
躁状態のコントロールや片頭痛予防にも使われます。
最大の注意点:催奇形性
葉酸代謝を阻害するため、胎児(特に神経管閉鎖不全)へのリスクが高い薬です。
若年女性では、妊娠の可能性や避妊、葉酸摂取への配慮が欠かせません。
相互作用に注意
肝代謝酵素を阻害するため、他薬の血中濃度を上げやすく、特にラミクタールとの併用では慎重な用量調整が必要です。
③ ラミクタール(ラモトリギン):最難関の用量設計
「双極性障害のうつ」を底上げし、再発を防ぐ重要な薬です。
一方で、使い方を誤ると最も危険でもあります。
デパケンとの併用に注意
デパケン併用下では、ラミクタールの血中濃度が約2倍に上昇します。
そのため開始用量は、25mgを2日に1回という極めて慎重な設定が必要です。
この増量ペースを誤ると、重篤な皮膚障害(SJS/TEN)のリスクが急増します。
ラミクタールは効果発現が遅い薬ですが、これは副作用を避けるために意図的にゆっくり増量しているためです。
指導のひとこと
「飲み始めに発疹が出たら、すぐに中止して連絡してください。無理に続けると命に関わります」
5. まとめ:処方意図を読み解く
自殺リスク・予防重視 → リーマス(中毒・NSAIDs注意)
イライラ・攻撃性が強い → デパケン(妊娠・相互作用注意)
うつ主体・再発予防 → ラミクタール(発疹・増量ペース注意)
双極性障害の薬物療法は、まさに綱渡りのバランス調整です。
「痛み止めは飲んでいませんか?」
「皮疹は出ていませんか?」
その一言のリスク管理ができるのは、薬理と相互作用を理解している薬剤師だからこそです。
補足
本記事は、添付文書・臨床試験データ・臨床使用実態を踏まえた整理と、現場経験に基づく推論を含んでいます。
気分安定薬の「複雑な機序」をイラストで攻略する
「リーマスがなぜ効くのか?」「ラミクタールのイオンチャネル阻害とは?」 気分安定薬の作用機序は、抗うつ薬以上に複雑で、文字だけで理解しようとすると挫折しがちです。
もし、これらの機序を丸暗記しようとして苦しんでいるなら、『薬がみえる vol.1』の図解を一回見てみてください。 「神経細胞の中で何が起きているか」がイラストで描かれているので、難解な気分安定薬のイメージが一瞬で掴めるようになります。 実習生に質問された時の「カンペ」としても、デスクに忍ばせておきたい一冊です。
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