はじめに:その一言が、未来の世界を救うかもしれない
「抗生剤はしっかり最後まで飲み切るようにお伝えくださいね」
調剤の現場で、毎日のように口にするこの一言。でも、なぜ飲み切らないといけないのか、患者さんに聞かれたときにしっかり説明できていますか?
実はこの「飲み切る」という行動、患者さん個人の治療効果だけにとどまる話ではありません。大げさでもなんでもなく、あなたの一言が「2050年の世界に影響する」と言えるほど重要な意味を持っています。
今回は、若手薬剤師なら絶対に知っておきたい「AMR(薬剤耐性)の2050年問題」について、メカニズムから日本の現状、そして現場ですぐに使える実践的な服薬指導まで、まるごと解説していきます。
この記事の結論
AMR(薬剤耐性)は、抗菌薬が効かなくなる問題です。対策しなければ2050年までに世界で累計3,900万人が死亡すると推計され、超高齢社会の日本では特に他人事ではありません。途中で抗菌薬をやめると血中濃度がMICを下回り、耐性菌だけが生き残る「選択圧」が働きます。「飲み切ってください」の一言は、患者さん個人の治療とAMR対策の両方を支える薬剤師の重要な役割です。詳しくは本文で。
※本記事は薬剤師が添付文書・ガイドラインをもとに作成した情報提供を目的としたものです。治療の最終判断は必ず担当医・薬剤師にご相談ください。
1. AMRとは何か|「薬が効かない」未来
そもそも「AMR」って何の略か、パッと言えますか?🐰
AMR(Antimicrobial Resistance)、日本語で「薬剤耐性」といいます。抗菌薬・抗ウイルス薬・抗真菌薬などの抗微生物薬が効かなくなった状態、あるいはその性質を持つ微生物のことを指します。
現場では「耐性菌」という言葉の方が馴染み深いと思いますが、AMRはその上位概念で、細菌だけでなくウイルスや真菌も含む広い概念です。
「抗生剤」「抗生物質」「抗菌薬」|実は違う言葉
現場でごちゃ混ぜに使われているこの3つ、薬剤師なら一度はちゃんと整理しておきたいところです。
| 用語 | 定義 |
| 抗生物質(antibiotics) | 微生物が産生する化学物質で、他の微生物の発育を阻止するもの。(例:青カビ由来のペニシリンなど) |
| 抗菌薬 | 細菌を死滅・発育阻止する作用を持つ物質の総称。人工合成されたものも含む。 |
| 抗生剤 | 抗生物質の抗菌作用を利用した薬剤を指す通称。 |
つまり関係性は、「抗菌薬」という大きなグループの中に、「抗生物質」というジャンルが含まれているというイメージです。ニューキノロン系(レボフロキサシンなど)は完全に人工合成されたものなので、厳密には「抗生物質」ではなく「抗菌薬」になります。
とはいえ現場では慣用的にほぼ同義で使われているので、患者さんへの説明でいちいち区別する必要はありません。本記事でも以後は「抗菌薬」で統一します。
2. 2050年問題|数字で見る脅威の規模
「2050年問題」という言葉、なんとなく聞いたことはあっても、具体的な数字まで把握している薬剤師は少ないのではないでしょうか。
まずは現状から見てみましょう。
今すでに、HIVとマラリアを超えている
2022年に発表されたGRAM研究では、2019年時点でAMRは世界で約127万人の直接的な死因となり、さらに495万人の死亡に関与していることが示されました。この数字は、HIV/AIDSやマラリアによる死者数をすでに上回っています。
「耐性菌の問題なんて将来の話でしょ」ではなく、今この瞬間も、世界中でAMRによる死者が出ているというのが現実です。
2050年には何が起きる?
2024年にLancetに掲載された最新のGRAM研究では、対策を講じなければ、2025年から2050年までにAMRが直接死因となる死亡が累計で約3,900万人を超えると推計されています。
年間に換算すると、2050年時点でAMR直接死因だけで約191万人。2021年の約114万人と比べて約70%増という予測です。
■ 主要疾患との死亡者数比較
| 疾患・原因 | 現在の年間死亡者数 | 2050年予測 |
| AMR(直接死因) | 約127万人(2019年) | 約191万人 |
| AMR(関連死含む) | 約495万人(2019年) | 約822万人 |
| HIV/AIDS | 約86万人(2019年) | ー |
| マラリア | 約64万人(2019年) | ー |
| がん(全世界) | 約1,000万人 | 約1,860万人 |
※HIV/AIDSとマラリアの2050年年間死亡者数予測は現時点で統一されたデータがありません
高齢者ほどリスクが高い|日本は特に注意
1990年から2021年の間に5歳未満の子どものAMR死亡は50%減少した一方、70歳以上では80%以上増加しています。この傾向は今後も続き、2050年までに70歳以上のAMR死亡者数は2倍以上になると予測されています。
日本は超高齢社会。この数字、完全に他人事ではないですよね。
3. 耐性菌が生まれるメカニズム|選択圧とMICの話
「飲み切ってください」の根拠、患者さんに聞かれたとき、ちゃんと説明できていますか?
その根拠となるメカニズムを、ここでしっかり押さえておきましょう。
MICとは何か
MIC(Minimum Inhibitory Concentration:最小発育阻止濃度)とは、細菌の発育を阻止できる抗菌薬の最低濃度のことです。
たとえばMICが0.5μg/mLの菌に対して、血中濃度が0.5μg/mL以上を維持できていれば菌の増殖を抑えられます。逆に血中濃度がMICを下回ると、菌は「まだ生きられる」と判断して増殖を再開します。
つまり抗菌薬は「十分な濃度」を「十分な時間」維持することが必須です。途中でやめてしまうと、このバランスが崩れます。
選択圧|耐性菌が生き残るしくみ
ここが今回の核心です。
もともとどんな細菌集団にも、ごくわずかに抗菌薬が効きにくい個体(耐性菌)が混在しています。抗菌薬を使うと感受性菌(薬が効く菌)から先に死滅し、耐性菌だけが生き残る。これが選択圧です。

図解を見てもらうとわかりやすいですが、投与前は感受性菌が大多数を占めています。抗菌薬投与中に感受性菌が死滅していき、投与後には耐性菌だけが増殖して集団の主役になる、この流れが選択圧による耐性菌の誕生です。
飲み切らないと何が起きるか
では途中でやめるとどうなるか。

抗菌薬を飲み始めると菌の数は減っていきます。症状が改善するのはだいたいDay3〜5あたり。「もう治ったから大丈夫」とここで服薬をやめてしまうと、血中濃度がMICを下回った状態になります。
この状態が問題です。感受性菌はすでにかなり減っていますが、耐性菌はMICを下回った濃度でも生き残れる。つまり「薬が効かない菌だけが残った状態」で増殖が再開します。
しかもこの耐性菌、次に同じ抗菌薬を使っても効きません。治療の選択肢が一つ減ることになります。
ただし、「長く飲めば飲むほど良い」という意味ではありません。大切なのは、医師が感染症の種類や重症度に応じて設定した期間を、自己判断で短縮も延長もせずに守ることです。必要以上に長く飲み続けることも、耐性菌を生み出す原因になります。
⚠️ 菌交代現象|広域抗菌薬乱用のもう一つのリスク
広域抗菌薬(第三世代セファロスポリンやフルオロキノロン系など)を不必要に使うと、本来感染とは無関係の常在菌まで死滅します。すると腸内や皮膚の菌バランスが崩れ、本来は少数派だった耐性菌や日和見感染菌が増殖する「菌交代現象」が起きます。
・C. difficile腸炎: 抗菌薬使用後に腸内細菌叢が乱れ、Clostridioides difficileが異常増殖
・MRSA感染: 広域抗菌薬使用後にメチシリン耐性黄色ブドウ球菌が優勢になる
・カンジダ症: 抗菌薬で細菌が減り、真菌が増殖
4. 日本の現状|実は他人事じゃない
「耐性菌って海外の話でしょ?」そう思っている薬剤師、実はかなり多いんじゃないでしょうか。
残念ながら、日本は決して優等生ではありません。
MRSAの現状|院内から市中へ
JANISのデータによると、2022年の入院患者における黄色ブドウ球菌分離患者に占めるMRSA分離割合は45.6%です。つまり黄色ブドウ球菌が検出された患者の約半数がMRSAという状況です。
さらに注目すべきは、MRSAの「場所」が変わってきていること。従来の院内感染型MRSAから市中感染型MRSAによる感染症が優位となってきており、疫学的な変化に注目すべき状況になっています。
かつては「入院患者の問題」だったMRSAが、今や外来患者にも普通に存在しうる時代になっています。調剤薬局で処方箋を受け取る患者さんも例外ではありません。
ESBL産生菌の問題|「最後の砦」が削られていく
ESBL(基質特異性拡張型βラクタマーゼ)産生菌とは、βラクタマーゼが変異することでほぼすべてのβラクタム系抗菌薬を分解できるようになった菌です。
大腸菌におけるCTX(セフォタキシム)耐性率は2008年には9.0%でしたが、年々増加し、近年では耐性率が25%を超える状況になっています。
問題はその治療です。ESBL産生菌には第三世代セファロスポリン系が効かないため、カルバペネム系を使わざるを得ないケースが増えます。しかしカルバペネムを多用すると、今度はカルバペネム耐性腸内細菌科細菌(CRE)が出現するリスクが高まる、耐性菌の悪循環が始まります。
■ 主要耐性菌の特徴まとめ
| 耐性菌 | 特徴 | 問題となる場面 | 治療の選択肢 |
| MRSA | メチシリン耐性黄色ブドウ球菌 | 術後感染・肺炎・敗血症 | バンコマイシン・テイコプラニン・テジゾリドなど |
| ESBL産生菌 | ほぼ全βラクタム系耐性 | 尿路感染・腹腔内感染 | カルバペネム系 |
| CRE | カルバペネム耐性腸内細菌 | 重症感染全般 | セフタジジム/アビバクタム・セフィデロコルなど |
| VRE | バンコマイシン耐性腸球菌 | 術後・免疫低下患者 | リネゾリド・ダプトマイシンなど |
日本の抗菌薬多用問題|フルオロキノロンとセファロスポリン
「薬剤耐性ワンヘルス動向調査年次報告書2024」によると、大腸菌におけるフルオロキノロン系抗菌薬(レボフロキサシンなど)への耐性率は2023年に微増しており、依然として高い水準が続いています。
日本はフルオロキノロン系とセファロスポリン系の使用割合が国際的に見ても突出して高く、これがESBL産生菌の増加と無関係ではありません。

※上図はイメージです。実際の数値はAMR臨床リファレンスセンター「薬剤耐性ワンヘルス動向調査年次報告書」を参照してください。
🐰 ちょっと一息
こうして処方の「なぜ」を調べているあなたは、薬剤師としてしっかり成長しています。その知識が今の職場で正当に評価されているか、ふと気になったときは、調剤薬局とドラッグストアの年収・働き方を本音でまとめた記事も読んでみてください。同じ薬剤師でも、働く場所で年収もキャリアも変わります。
5. AMRアクションプランと薬剤師の役割
AMRの問題は、個々の医療者の意識だけに委ねられているわけではありません。国としても明確な対策を打ち出しています。
AMRアクションプラン2023-2027
「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン(2023-2027)」は、AMRに起因する感染症による疾病負荷のない世界の実現を目指し、6分野で目標と具体的な取組が設定されています。
この6分野のうち、現場の薬剤師が直接関われる領域は①と④が特に重要です。
| 分野 | 内容 | 薬剤師との関わり |
| ①普及啓発・教育 | 医療者・国民へのAMR教育推進 | 服薬指導での患者教育・飲み切り指導 |
| ②動向調査・監視 | 耐性菌・抗菌薬使用量のサーベイランス | JANISへのデータ提供 |
| ③感染予防・管理 | 手指衛生・感染対策の徹底 | 院内感染対策への参加 |
| ④抗微生物剤の適正使用 | 不要な抗菌薬処方の削減 | 処方監査・疑義照会・AMS参加 |
| ⑤研究開発・創薬 | 新規抗菌薬の開発支援 | 間接的な関わり |
| ⑥国際協力 | グローバルなAMR対策連携 | 間接的な関わり |
薬剤師は「最後の砦」
医師が処方し、薬剤師が調剤・投薬する、この流れの中で、薬剤師は患者に薬を手渡す最後の医療人です。
どれだけ適切な処方がなされていても、患者が正しく服薬しなければ意味がありません。「飲み切ってください」の一言、「なぜ飲み切るのか」という説明、これが国の方針と直結しています。
AMS(抗菌薬適正使用支援)チームへの関与
病院薬剤師であれば、AMSチームへの参加も重要な役割です。AMSとはAntimicrobial Stewardshipの略で、院内での抗菌薬使用を組織的に管理・最適化する取り組みです。薬剤師がTDM(血中濃度モニタリング)や処方レビューを通じてチームに貢献することが求められています。
📦 コラム:医師側にも「適正使用」の仕組みがある
ここで少し視点を変えてみましょう。薬剤師がAMR対策に取り組む一方で、処方する医師側にも国が「仕組み」として適正使用を促していることを知っていますか?
- 抗菌薬適正使用体制加算(5点):「広域抗菌薬を使いすぎていない医療機関」を評価する仕組みです。処方を適正化すればするほど加算が取れるため、医師にとっても適正使用は「評価される行動」になっています。
- 小児抗菌薬適正使用支援加算(80点):ウイルス性の風邪等で「抗菌薬を使用しない場合」に、説明を行うことで点数がつきます。「薬を出してナンボ」ではなく、「不要な抗菌薬を出さない判断と説明」が評価される仕組みです。
6. 処方解析の視点|AMRを意識した処方の読み方
AMRの知識を現場に活かすとき、服薬指導と同じくらい大切なのが「処方箋を読む力(処方解析)」です。
「この抗菌薬、なぜ選ばれているのか」「この投与期間は適切なのか」そういう視点を持って処方箋を見ている薬剤師は、それだけでAMR対策に貢献しています。前のセクションで触れたフルオロキノロン系やセファロスポリン系の多用問題は、処方箋の中にそのまま現れてくるからです。
AMRの視点で「気になる処方」を読む
| こんな処方が来たら考えるポイント | 処方解析の視点 |
| 風邪症状にレボフロキサシン | ウイルス性の可能性は?そもそも広域すぎないか? |
| 3日間など短期間の抗菌薬 | 疾患・菌種ごとの標準投与期間は満たしているか? |
| フロモックス等の長期処方 | 第三世代セフェム系の漫然投与になっていないか? |
| 同じ抗菌薬の繰り返し処方 | 耐性化のリスクは?培養検査は取られているか? |
特に注目したいのがレボフロキサシンの処方です。日本はフルオロキノロン系の使用割合が国際的に突出して高く、その結果として大腸菌の耐性率も上昇し続けています。「とりあえずレボフロ」という処方が積み重なることで耐性菌が広がっていく、これはまさに日常の処方箋の中で起きていることです。
「投与期間が短すぎる」問題|MICの話と繋がってくる
3日間処方の問題は、第3章で解説したMIC(最小発育阻止濃度)の話と直結します。
抗菌薬が効くためには「十分な濃度」を「十分な時間」維持することが必要です。投与期間が標準を下回ると、菌が完全に死滅する前に血中濃度がMICを下回ってしまう。結果として感受性菌が死にきれず、耐性菌が生き残りやすい状況を作り出します。
疾患ごとの標準的な投与期間の目安はこの通りです:
| 疾患 | 一般的な投与期間 |
| 急性膀胱炎(女性・ST合剤) | 3日間 |
| 急性膀胱炎(女性・フルオロキノロン) | 3〜7日間 |
| 市中肺炎(軽症) | 5〜7日間 |
| 急性副鼻腔炎 | 5〜7日間 |
| 皮膚軟部組織感染症 | 5〜7日間 |
| 急性中耳炎(小児) | 5〜10日間 |
「3日しか出ていないけど、この疾患なら足りるのか?」という視点を持つだけで、処方箋の見え方が変わってきます。
処方箋を受け取ったときの思考フロー
気になる抗菌薬処方に出会ったとき、こういう順番で考えてみてください。
- Step1:適応を確認する。この感染症に、この抗菌薬は適切か。ウイルス性の可能性はないか。
- Step2:スペクトラムを確認する。必要以上に広域ではないか。原因菌が絞れる疾患なら狭域抗菌薬で十分ではないか。
- Step3:投与期間を確認する。標準的な投与期間と照らし合わせて、短すぎないか・長すぎないか。
- Step4:繰り返し処方になっていないか確認する。同じ抗菌薬が何度も処方されていないか。培養検査の結果が反映されているか。
- Step5:処方意図を考える。ここまで確認して「なぜこの処方なのか」を自分なりに考える。わからなければ処方箋の傷病名や他の薬から推測する。
疑義照会よりも先に「考える」ことから
現実の現場では、抗菌薬の処方に対して疑義照会して削除・変更まで持っていくことはなかなか難しいです。
でも「なぜこの処方なのか」を考える習慣は、今日からでも持てます。その積み重ねが処方解析力を育て、5年後・10年後に「AMRの視点で処方を読める薬剤師」と「ただ調剤するだけの薬剤師」の差になって現れてきます。
いざというときに適切な介入ができる薬剤師になるために、まず「一度立ち止まって考える」ことから始めてみてください。
7. 現場で使える!服薬指導トーク例
ここまでAMRの背景を見てきました。最後は、現場で今日から使える実践編です。
「飲み切ってください」の根拠トーク
患者さんに「なんで飲み切らないといけないの?」と聞かれたとき、こう説明してみてください。
「症状が良くなっても、体の中にはまだ菌が残っていることがあります。途中でやめてしまうと、薬が効きにくい菌だけが生き残って増えてしまうんです。そうなると次に同じ薬が効かなくなることもあるので、症状が落ち着いても最後まで飲み切ることが大切なんですよ。」
ポイントは「あなた自身の治療のため」という文脈で伝えることです。いきなり「耐性菌が増えると世界が大変」と言っても患者さんには響きません。まず自分ごととして捉えてもらうことが大切です。
「先生、抗生剤出してくれなかった」への対応
処方箋を持ってきた患者さんが「熱があるって言ったのに、先生が抗生剤出してくれなかった」と不満そうに話しかけてくる、外来でよくある場面です。こういうとき、薬剤師の説明一つで患者さんの納得感が変わります。
「風邪のほとんどはウイルスが原因なので、抗生剤は効かないんです。抗生剤は細菌には効きますが、ウイルスには残念ながら効果がありません。先生が出さなかったのは、今回はウイルスが原因の可能性が高いと判断されたからだと思います。むしろ必要ないときに飲むと、体の中の菌のバランスが崩れてかえって回復が遅くなることもあるので、出さない方が体のためになることも多いんですよ。」
「先生が出してくれなかった」という不満を、「出さないのには理由がある」という納得に変える。これが薬剤師にできる大切な役割の一つです。
「風邪なのに抗生剤が欲しい」と希望されたときの対応
逆に、「風邪だから抗生剤を出してほしい、先生に電話して抗生剤を追加するように言って欲しい」と強く希望される患者さんもいます。頭ごなしに否定すると関係がこじれてしまうので、こう伝えてみてください。
「お気持ちはよく分かります。ただ、抗生剤は今のウイルスの風邪には効かないだけでなく、飲むことでお腹を壊したり、いざ細菌の感染症にかかったときに効きにくくなったりすることもあるんです。今は体を休めていただいて、もしこじれて細菌の感染が出てきたら、その時こそ抗生剤の出番ですよ。」
「絶対に必要ない」と切り捨てるのではなく、「今は出番じゃない」という伝え方にすると、患者さんも納得しやすくなります。求められたものを断るときこそ、薬剤師のコミュニケーション力が問われる場面です。
8. よくある質問(FAQ)
Q1. AMRと薬剤耐性は同じ意味ですか?
A. はい、同じ意味です。
AMRはAntimicrobial Resistanceの略で、日本語訳が「薬剤耐性」です。細菌だけでなくウイルスや真菌も含む広い概念ですが、現場では主に抗菌薬が効かない耐性菌の問題を指すことがほとんどです。
Q2. 抗生物質と抗菌薬は同じですか?
A. 厳密には違いますが、現場ではほぼ同義で使われています。
抗生物質は微生物が産生する天然由来のもの、抗菌薬は人工合成を含む広い概念です。レボフロキサシンなどのニューキノロン系は人工合成なので正確には「抗菌薬」ですが、日常会話で使い分ける必要はありません。
Q3. 抗菌薬を飲み切らないと本当に耐性菌が増えるのですか?
A. はい、そのリスクがあります。
途中でやめると血中濃度がMICを下回り、感受性菌が死にきれない状態になります。そこで生き残った耐性菌が増殖すると、次に同じ薬を使っても効かなくなる可能性があります。「症状が良くなったら」ではなく「処方された日数分飲み切ること」が大切な理由です。
Q4. 風邪に抗菌薬を飲んでも意味がないのはなぜですか?
A. 風邪の原因はウイルスで、抗菌薬は細菌にしか効かないからです。
抗菌薬は細菌の細胞壁合成やDNA複製を阻害することで効果を発揮しますが、ウイルスにはその標的がありません。不要な抗菌薬を飲むと腸内細菌叢が乱れ、耐性菌が増えるリスクだけが残ります。
Q5. AMRアクションプランは薬剤師にも関係しますか?
A. 直接関係します。
AMRアクションプラン2023-2027の6分野のうち、「普及啓発・教育」と「抗微生物剤の適正使用」は薬剤師が現場で直接貢献できる領域です。服薬指導での飲み切り指導や患者教育は、国の方針と直結した行動です。
Q6. ESBL産生菌やMRSAは一般の調剤薬局でも関係しますか?
A. はい、無関係ではありません。
かつては院内感染の問題でしたが、現在は市中にも広がっています。外来処方箋を持ってくる患者さんの中にも保菌者がいる可能性があり、抗菌薬の適正使用が地域での耐性菌拡大を防ぐことに繋がっています。
Q7. 抗菌薬は種類が多いですが、何が違うのですか?
A. 大きくは「効く菌の範囲(スペクトラム)」と「効き方(作用機序)」が違います。
ペニシリン系・セファロスポリン系は細菌の細胞壁合成を阻害、フルオロキノロン系はDNA複製を阻害、マクロライド系はタンパク質合成を阻害するなど、攻撃するターゲットが異なります。また、幅広い菌に効く「広域抗菌薬」と特定の菌に絞って効く「狭域抗菌薬」という分類もあります。必要以上に広域の抗菌薬を使わないことがAMR対策の基本です。
Q8. 新しい抗菌薬はなぜ開発が進まないのですか?
A. 開発コストに見合うビジネスにならないからです。
新薬は通常、長期間使い続けてもらうことで回収できますが、抗菌薬は「必要なときだけ短期間使う」ものです。しかも耐性が広がらないよう適正使用が求められるため、売れすぎてもいけない。製薬会社にとって投資回収が難しく、開発が敬遠されています。2023年には日本でも抗菌薬確保支援事業(市場インセンティブ)が導入されましたが、新薬のパイプラインは依然として細いのが現状です。
まとめ:毎日の服薬指導が、2050年の世界につながっている
「抗生剤は飲み切って」、この一言の根拠が、今日からもっと明確になったんじゃないでしょうか。
AMRは2050年に向けて確実に深刻化している問題です。日本も決して例外ではなく、MRSAやESBL産生菌の問題はすでに身近な現場の話です。 国はAMRアクションプランや診療報酬の仕組みで医師・薬剤師の両方に適正使用を求めています。その最前線に立つのが、患者さんに直接薬を渡す私たち薬剤師です。
服薬指導の一言一言が、2050年の世界につながっている。そう思うと、毎日の仕事の意味が少し変わってきませんか?明日の窓口でも、その一言に自信を持って指導していけるはずです。
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参考文献
- Antimicrobial Resistance Collaborators. Global burden of bacterial antimicrobial resistance in 2019: a systematic analysis. Lancet. 2022;399(10325):629-655.
- GBD 2021 Antimicrobial Resistance Collaborators. Global burden of bacterial antimicrobial resistance 1990-2021: a systematic analysis with forecasts to 2050. Lancet. 2024;404(10459):1199-1226.
- 厚生労働省. 薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン2023-2027. 2023.
- 国立健康危機管理研究機構 AMR臨床リファレンスセンター. 薬剤耐性ワンヘルス動向調査年次報告書2024.
- 厚生労働省院内感染対策サーベイランス事業(JANIS). 検査部門 年報(最新版).

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